敗北 「はぁ……まさか、脱走するとはねぇ」 あと少しで儀式が開始する、というところで城内が騒がしくなり、脱走した囚人が侵攻して来たと報告が届いた。 彼らが向かう先は、間違いなく屋上。儀式を止めさせ、クレアを助け出そうとしているのだ。 「まったく、一体どんな手を使ったんだか」 溜息を吐くサレに、ラズルはズボンの中で自分の尻尾がそわそわ動くのを感じながら首を振った。 漆黒の翼だとか自称する3人組をそそのかしたのは、ラズルだった。マオたちが無事に脱出したという事は、どうやら上手くやってくれたらしい。しかし、安堵するのと同時に、これでよかったのだろうかと不安になってきた。後悔……しているのかもしれない。後悔したところで、もう遅い。ラズルがマオたちの脱走を手引きし、彼らは脱走したという事実は消えない。サレにばれたらおしまいだ。大丈夫、あの3人組には釘を刺したし、大丈夫。ラズルは心の中で何度も繰り返し自分に言い聞かせた。 「ようやく儀式が始まるという時に……しぶとい奴らだ」 「ドブネズミ然りゴキブリ然り、そういった類の生き物はみんなしぶといものさ」 腕を組みながら鼻を鳴らすトーマに、サレが返した。 「サレ、女王陛下のアレは……」 「ラズル、そんな顔をするもんじゃないよ。ようやくあと少しでお姫様の可愛らしい、ささやかな夢が叶うんだから」 ラズルの言葉を遮るように言ったサレの表情は、どこか楽しげに見えた。 「それでも、おかしいと思う。全然ささやかじゃないし」 「だからこそ面白いんじゃないか」 「目的がオマケにすり替わってる」 「違うよ、そのオマケこそが本来の目的だったのさ」 女王陛下にとって、元から世界を救う事は目的ではなかった。私欲こそが本来の目的だった。それを可能にするのが、月のフォルス。 「酷く盲目的で……酷く浅短だ」 「結局は、女王陛下も一人の幼い少女だったって事だよ」 世界の在り方で六人の聖者と争い、敗れて封じられた聖なる王。その聖なる王を目覚めさせて……そしたらどうなるんだろう。 先王が起こしたラドラスの落日によって均衡が破られた訳だけど、それ以前は平和だったと聞いた。再び六人の聖者と争いが起き、今度は聖なる王が勝ったとしよう。そしたら、どうなるのだろうか。 これまでの平和な世界は六人の聖者によって造られた世界。それならば、聖者たちと対立していた聖なる王が造る世界は……。 そこまで考えたところで、ラズルは背中を冷たいものが伝うのを感じた。嫌な予感がする。 「おい、奴らが来たぞ」 トーマの声を境に、ラズルは思考を振り切ろうと頭を大きく振った。 最上階へ続く階段の前で、サレとトーマ、ラズルは、ヴェイグたちの前に立ちふさがった。 「やあ、曲者のみなさん。どうやって収容所から脱走したのかなぁ?」 「サレ!!トーマ!!」 ヴェイグが険しい顔で叫んだ。サレは小馬鹿にしたように鼻で笑い、前髪を掻き上げた。 「ほう、ヒルダ。お前も一緒とはな。王の盾に捨てられた腹いせに、反逆者どもと手を組んだか?良かったな。壊れかけの混ざりものを拾ってくれる変わり者が居て」 「黙れトーマ!!」 ヒルダが唇を噛み締めて反論した。 ラズルがちらとトーマを見ると、ラズルの視線に気付いたトーマが口の端をわざとらしく持ち上げた。 「なんだ……、あぁ、そうだったな。気を悪くしたか?」 混ざりものがここにもいたか、とでも言いたげなトーマに、ラズルは首を横に振り、心の中で小さく舌打ちをした。 「お姫様のささやかな夢がもう少しで叶うんだ。邪魔しちゃあいけないよ」 「何が夢だ!!そこをどけ!!」 苛立った様子で、ヴェイグは強く拳を握った。 「退くと思うか?」 「さっさと来い!!」 トーマの言葉に、痺れを切らしたヴェイグは剣を鞘から引き抜き構えた。それに続いてラズルたちも武器を手に取った。 サレに斬りかかろうとするヴェイグの懐に入り込み、ダガーをヴェイグの喉元に向けて振り上げる。ヴェイグはそれを避け、大剣をラズルに振り下ろした。体を逸らしてその攻撃をかわすと、ラズルの横を通り過ぎた大剣は床へ叩き付けられ、鋭い氷柱を出現させた。 ラズルが距離を取ろうと大きく飛び退くと、今度はティトレイの拳が降りかかってきた。ラズルは咄嗟にフォルスで結晶の盾を出し、ティトレイの攻撃を防いだ。盾の陰からトーマが飛び出し、ティトレイに殴りかかった。 ヴェイグはラズルから目標をサレに変えたようだった。 「サレ!!クレアを返せ!!」 「クレアクレアクレアクレア……バカみたい」 「ふざけるなああああっ!」 「ふふふっ。楽しいねぇ」 サレはヴェイグをからかい楽しんでいるようだ。 ヴェイグはサレ、ティトレイとユージーンはトーマと戦っている。後方ではアニーが防陣の術を唱え、マオとヒルダが攻撃呪文を唱えている。 ラズルはフォルスで結晶の槍を複数生み出し、後方のマオたちに向けて放った。マオたちはラズルの攻撃に気付いて呪文を中断し、身構えた。しかし、空中で槍は粉々に砕け霧散してしまった。ユージーンの鋼のフォルスが邪魔をしたのだ。 ラズルは一気に距離を詰めてマオにダガーを振り下ろした。マオはそれをトンファーで受け止めた。ギリギリと武器のこすれ合う音を立てながら、ラズルとマオは対峙した。 「ラズル、お願い!ここを通して!」 「マオのお願いでも、それはできないよ」 「そんな……!ねぇ、僕らを牢屋から出してくれた人たちが”とある人物から頼まれた”って言ってた。それって、ラズルのことじゃないの?」 「……。僕は王の盾で、サレの部下だ。だけど……」 ラズルは一歩下がり、少し言い淀んだ後、抱いていた疑問をマオにぶつけた。 「マオ、おかしなことを言うかもしれないけど……平和な世界を作ったのが六人の聖者で、それに対立してたのが、今から復活させようとしてる聖なる王なら……上手く言えないけど、正反対の世界になっちゃうんじゃないかな」 「……!!そう思うんだったら、なおさらここを通して」 「ごめん……できな、いっ!?」 ガン!と強い衝撃がラズルの横腹に走った。体が浮き、ラズルは壁に叩き付けられた。視界の端に、緑色が映った。ティトレイの蹴りを喰らったのだろう。床に崩れ落ちたラズルが起き上がろうとすると、今度は電撃がラズルを襲った。ヒルダのフォルスだ。続けてもう一度ティトレイの蹴りが、受け身を取れないラズルの横顔に命中した。 目の前が一瞬暗転し、チカチカと瞬いた。口の中一杯に鉄の味が広がる。 「本当に……ハーフ……」 アニーの声が、微かにラズルの耳に届いた。ティトレイの蹴りで帽子が取れてしまったらしい。ラズルは震える腕で床を押し、口で荒く呼吸をした。 「見せ物じゃ……あ……」 ぶわっとラズルの下に術陣が広がり、直後、ラズルはガクリと倒れ込んだ。何故か一気に力が抜けてしまった。これは、アニーの唱える術。きっと、力を奪う効力があるのだろう。 「ここまでだ!!サレ、トーマ、ラズル!」 ここまでか。 サレもトーマも、床に膝を付けていた。 「……強くなったもんだね、キミたちも……でも、まだ終わりじゃないよ……」 「どけ!!邪魔をするな!!」 「良い目をしてるね、ヴェイグ。ふふ……ヘドが出るよ!」 「サレ!!」 笑うサレに向け、ヴェイグは剣の切っ先を向けた。 「ううん、いいねぇ……もっと……もっと僕を楽しませてくれよ、ヴェイグ。次はキミが悲しむ顔が見たいなぁ……」 「貴様……うおおおおおおぉぉぉッ!!」 「なにっ!?」 ヴェイグの一撃で、トーマとサレの体は宙に浮き壁に打ち付けられた。 「う、ウソだろう……?僕が、本気で……こんなヤツに……」 「ヒトの心を踏みにじって喜ぶお前には一生分からないだろうな!ヒトの心は……ヒトの思いってヤツは何より強いんだ!!覚えとけ!!」 ティトレイの言葉に、サレはきつく唇を噛み締めた。 「ラズル……」 「行くぞ」 マオが物言いたげにラズルを見たが、ヴェイグに促されて階段へと消えていった。 「は……はは……ヒトの心だって?そんなものに、この僕が……負けたなんて……許さん……許さんぞぉぉぉぉぉぉッ!!」 ゆらりと立ち上がり、怒りに身を任せて叫ぶサレをラズルは揺らぐ視界の中で見つめた。 → |