そよ風にエレジーを。サレと主人公のクリスマス。
この世界にはクリスマスというものがあるらしい。
一年間いい子で過ごした子供には、サンタクロースがプレゼントをくれるそうだ。
バルカの街並みもすっかりクリスマス一色になり、あちこちに煌びやかな装飾品が飾られている。
「これは何だろう」
サレと街の巡回中、店舗に大きな熊のぬいぐるみや玩具が並べられているのを見て、思わず口にした。花屋では赤いバラが並べられ、ケーキ屋ではデコレーションケーキが並べられていて、店員が呼び込みをしている。“クリスマスに是非”という台詞に、首を傾げた。
「何って、玩具に決まってるじゃないか」
「そうじゃなくて、なんでクリスマスだからって、こんなに店が売り出してるんだろう」
疑問をそのまま言うと、サレは呆れたように肩を竦めた。
「なんでって、そりゃぁ、親が子供にプレゼントしたり、恋人同士で送り合ったりするためだよ」
「親が?」
「……もしかして、君、サンタなんてものを信じてる?」
サレの言葉にますます分からなくなって眉を寄せると、サレは厭味ったらしく小さく噴き出した。
「ふふ、お子様はいいねぇ」
「子供じゃない。けど……」
「考えてもみなよ、非現実的じゃないか。ヒトが空飛ぶトナカイとソリに乗って煙突から侵入しプレゼントを配って回るなんてさ。現実は、親がこっそりプレゼントを買ったり、サンタの余所行きを真似して思い込ませてるだけさ。それと、“いい子にしないとサンタが来ない”って子供を上手く言い聞かせるための常套句だよ」
非現実的。言われてみれば、確かにその通りだ。
なんとなくがっかりして、肩を落とした。
「サレは夢が無いね」
「君が夢見がちなだけ。人のせいにしないでくれないかな」
そうか、サンタクロースはいないのか。別に自分がサンタクロースからプレゼントを貰いたい訳ではないが、少しだけ、実在したらいいのにと思ってしまっていた。
「それで、よい子の君はサンタに何をお願いするのかな?」
「サンタクロースはいないんでしょ……。それに子供じゃない」
「いいじゃないか、夢のある僕の質問に答えてよ」
なんでそんなことを答えなければならないのか。
サレに抗議の目を向け、少し躊躇った後に答えた。
「さっきのお店の……」
「あぁ、さっき熱心に見ていたあれ?」
ふぅん、と、サレは思い出しながら顎に手を置いた。
「ま、クリスマスまでいい子にしてたら、望み通りサンタが来るんじゃない?」
「サンタクロースはいないって言ったくせに」
「そうだね、少なくとも、仕事中に寄り道したり商品に目移りしていた僕らの所には来ないだろうね」
むっとして口を尖らせても、サレは愉快そうに笑うだけだった。
「サレは人をからかって楽しいの?」
「それは君が一番分かっていることじゃないか。さ、仕事に戻らないと」
楽しそうにしているサレの後ろを仕方なくついて歩いた。
「パパー!これ買って!」
子供の声に振り返って見ると、小さな女の子が父親におもちゃを強請っていた。
「だめだよ。買ったってすぐ飽きるだろう?それに、今日はママに頼まれた買い物に来てるんだから」
「やだー!絶対大切にするから!買って買って!」
「あー、もう、そんな我儘言ってるとサンタさん来ないよ?」
サレの方を見ると、ほらね、と言いたげに肩を竦めた。
「……やっぱり、サンタはいないみたい」
「さぁね、分からないよ?」
「……どっちにせよ、子供じゃない僕には来ないよ」
「お子様じゃないか。前言撤回するよ、サンタはいるかもしれない」
「非現実的なんじゃなかったの?」
「サンタっていうのは定義に過ぎないからね」
「よく分からない」
「分からなくていいよ。お子様はお子様らしく、クリスマスの朝を楽しみにしてなよ」
釈然としないが、それ以上サンタクロースのことをサレに聞くのはやめておいた。
そして、クリスマスの朝。
サンタクロースはいないと分かっても、楽しみにするなと言うのが無理な話で、当日は早めの時間に目が覚めた。
なんとなく枕元を確認して、何も置いていない事が分かり、なんとなくがっかりした。
サレが期待を持たせるようなことを言ったのもそうだが、記憶を無くしてから初めてのイベントの日であったし、浮かれていたのかもしれない。
結局、イベントなんて関係無しに仕事はあるし、出勤しなければならない。いつも通りの一日。特殊なことと言えば、今日の食事のみ。クリスマスということで特別なメニューらしい。それだけが楽しみだ。
着替えようとして、服のポケットが異様に盛り上がっているのに気付いた。何かが入っている。
……。
ノックをして返事が返って来るのと同時に、思い切り扉を開いてサレの名前を叫ぶと、紅茶を飲んでいたサレは目を丸くした。
「びっくりした。君のそんな大きな声、初めて聞いたよ」
「サレ、これ!」
サレに駆け寄り可愛らしいラッピングの袋を突き出すと、サレは黙ったままそれを見た。
「これ、これが、起きたら」
「落ち着きなよ」
「これが、起きたら、ありました」
「中は開けてみた?」
まだと答えると、サレは開けてみなよと促した。
ピンクのリボンを解き、柔らかい素材の袋を開け、その中に入っていた物に驚いた。
「これ……」
入っていたのは、まさしく、サレと街を巡回した時に見ていた物だった。
「これ、なんで」
「サンタが来たんじゃない?」
サンタクロースからの、プレゼント。
嬉しくて思わずプレゼントを抱き締めた。
「サレ、ありがとう」
「だからサンタだって」
サレは少しだけ照れ臭そうに、紅茶をもう一口飲んだ。
(サレが休日を潰してプレゼントを買いに行き、こっそりとポケットに忍ばせたのは、また別の話)