「たとえば、」 唐突に、総悟が口を開いた。 何がたとえばなのだろうか。何の根拠を述べようとして、例えをあげるつもりなのだろうか。 「ちょっと待て、それは何のたとえなんだ。」 こいつの言葉が俺に向けられていることは確かなので(何故って、ばっちり目が合っているから)、総悟の言葉を遮った。 「見廻り中に、俺が寒いって言ったとすれば、」 一体、豚カツ定食からどう発展して、その話へたどり着いたのだ。屯所の食堂で、添えられたキャベツの千切りにマヨネーズをかけ、ぼんやり思った。 しかし、俺の返事を無視して話は続けられた。 「土方さんは俺に上着を貸すでしょう?」 「そうだな。」 未だに頭の中が整理されていないままで、相槌を打つ。実際こいつは、寒い寒いとよく騒ぐ。 「だけど土方さんが寒いって言っても、俺は適当に流すじゃないですか。」 「そうだな。」 「そうでしょう。」 「おう……」 実際こいつは、俺が寒いと騒いでも面白そうに笑うだけだ。改めて考えるとかなり腹が立つ。 重ねて確認してきた総悟に、しどろもどろに返した。 「それにたとえば、」 「また、たとえばの話か。」 やはり俺の言葉は無視される。 「俺が疲れたって言えば、あんたは適当なベンチを見付けて、俺が歩く気になるまで待つ。」 「そうだな。」 何度目かの同じ返答。それでも、総悟が何を言いたいのか分からない。 「だけどあんたが疲れても、俺は気にせず先を急ぎます。」 「さ…そうだな。」 最低だな、と言いかけた自分を止める。こいつがそういう奴なのは十分承知だ。 「おかしいと思いませんか?」 「おまえの神経が?」 真面目に聞くと、そんなまさか、と真面目に言われた。なんなんだこいつ。 「でもなんか、恩を着せられてる感じで嫌でさァ。」 「それなら俺にも上着を貸したらいいじゃないか。」 「嫌でィ、俺が寒いじゃないですか。」 「じゃあ俺の為にベンチを探してしばらく待ってるといい。」 「嫌でィ、めんどくさい。」 あっさりと否定する総悟に、小さく舌打ちをする。 「何が言いてぇんだよ。」 「あんた、俺のことが大好きなんですねってことです。」 顔色1つ変えずに言い放った総悟に、喉が豚カツを詰まらせた。そのせいか、吐き気を催して近くに置いてある麦茶で胃へ流し込む。 「おまえな、そんな下らねぇこと考える時間あるなら、始末書の少しでも終わらせろ。」 「やっぱり物好きっているもんなんですねェ。命を狙ってくる相手を大好きなんて。」 「誰が大好きだ。仕方ねぇから面倒みてやってるだけだ。」 俺が至って普通の意見を述べても案の定、総悟は聞く耳を持たない。ついには、「仕方ねぇから面倒みさせてやりまさァ。」…とか的外れに偉そうな台詞を残して食器を重ね、食堂から出ていってしまった。 なんだかよく分からないが、あいつがどうしようもなく馬鹿なことだけは再確認できた。 至って普通な2人の会話。 (思ったままを述べても、 会話が噛み合わないときはある。) |