「うわ、すごい満月。」 部活終わりに下駄箱で靴を履いていると、先に外へ出かけた山崎が声を上げる。秋の涼しい風が、少し肌寒い。 「まじで?俺も見る。」 大して見たい訳でもなかったのだが、なんとなくそう答えた。すると、聞きたくない声がする。そいつはいつの間にやら、山崎の隣に並んでいたらしい。 「隊長!まるで隊長のように美しく凛とした、綺麗な満月っス!」 同じ部活の神山だ。すこぶる煩い。鬱陶しい。だから俺はその言葉は無視したまま山崎の頭を殴って、行くぞと呼び掛けた。 「そうですね、行きましょう。こんな夜は変質者もいそうですし、怖いですね。」 山崎がわざとらしく神山を見ながら頷いた。しかし神山という男は致命的にポジティブであり、それが自分のことだと気付いていない。 「そうっスね!隊長が夜道を1人で歩くなんて危険ですから、自分もついていくっス!」 「おまえを1人で夜道に放り出す方が社会的に危険だろィ。つーかなにが隊長?」 「ささ、沖田さん、早く帰りましょう。俺達まで変な目で見られるから」 「大丈夫っス!自分が責任持って隊長をお守りするんで!」 「近所迷惑だから騒ぐな。それに神山の家は逆方向ですぜ。」 「なーにィィィ!?畜生お母さんめ!」 何故か親の悪口を言い出した馬鹿を今度こそ無視して、校門から出る。流石に帰り道を変えてまでストーカーする気はないらしく、神山は遠くなっていく俺に何か叫びながら逆方向に歩き始めた。 「まったく、神山も変わった奴ですよねー…。」 「あいつを野放しにしてしまったことを後悔する日がくるかもねィ。」 「なんでですか?」 「あんな変質の塊が夜の町を歩いてて通報されない訳がねぇよ。」 冗談に聞こえない冗談を言ったら、山崎も困ったように苦笑した。 「満月の夜って、なんか素敵ですね。」 「ひゅーひゅー、山崎君ったらロマンチックー。」 「ちょ!やめてくださいよ!」 「そういえば、狼男は満月の夜に変身するんだっけ…」 煙草がきれた。ストックさえもきらしてしまった自分にイライラしながら夜中にサンダルを引っ掻ける。 時刻は11時。数時間前に総悟から「へんしーん!」という謎なメールがきていた。あれは一体なんのつもりだ?ぼんやり考えながらふと夜空を仰ぐ。と。 「……満月、」 そこで俺は思い出した。 ──狼男は変身するんだ。満月の夜に…。 1年前の会話が頭をかする。 「ほら土方さん、満月ですぜ!お祈りしないと!」 「は?満月にお祈り?」 「え?違うんですかィ?」 「……違うだろ。」 「へー、てっきり流れ星みたく有り難いもんだと。」 「いや、詳しくは知らねぇけど……違うだろ。」 「じゃーあれは?満月の夜に魔女がやってきて…」 「……違うだろ。」 「なんか今までの人生が無駄に思えてきたんですが。」 「そ、そんな落ち込むなよ。」 「満月って特別な気がしてたのに…」 「でも月見とかあるじゃねぇか。」 「あぁー…団子食える日か…」 「狼男とか言うし、な?別に今までの人生が無駄だった訳じゃ…」 「おおかみおとこ?」 「知らないとか言うなよ。」 「知ってますが、なんで満月?」 「…狼男は変身すんだ。満月の夜に。」 「そうなんですかィ!?俺ァ自由自在に変身できると思ってたました。」 「そっちの方が便利だけどなー。」 「かっけー…満月の夜に狼になるとか。」 「総悟は狼少年っぽい。」 「それって嘘つきの少年でしょう。満月関係ないし。死ね。」 「なんで狼少年は知ってんだよ!」 「ねぇ土方さん…。来年は、一緒に満月見れねぇんですか?」 「………だな。」 「だったらせめて、」 満月見たら、俺を思い出してくださいよ (あぁ、やっぱり1人だとこの季節は肌寒いや) |