俺を捕らえて離さない笑顔で、総悟が笑った。滅多に見ないそれは、だからこそ意味のあるもので、からからと声をあげて腹を抱える総悟を見ると、自分の存在価値を感じて安心する。 「ぷっ、まじであんた……ははは、おかしい…」 「いつまで笑ってんだよ。」 よく分からないところで爆笑する総悟は、一度ツボに入るとしばらく腹筋の痛みと戦いながらも笑い続ける。 人の目も気にせず大笑いをした総悟は、やっと落ち着きを取り戻したようだ。 「それにしても土方さん、髪伸びました?」 「いきなりなんだ。おまえはタモリか。」 「前髪、邪魔くさいですよ。」 栗色の髪を摘まみながら、俺の目を覗き込んでいる。そういえば確かに、最近前髪が鬱陶しい。 「自分でも邪魔くせぇ。」 「ちゃんと、俺のこと見えてますー?」 愉快そうに足をぶらぶら揺らしながら、総悟は唄うように言った。古びたベンチは悲鳴を上げる。 「見えてるっつーの。」 「とにかく邪魔くさいんで、このあと散髪行きなせェ。」 「行かねぇ。」 行く意味なんてないから、そう付け足した瞬間、線路を電車が通過した。こんな寂れた駅には停まらない、急行だ。 一瞬の突風に目を細めた総悟は、俺の声が聞こえなかったようだ。 「この騒音を聞きながら暮らすのは嫌だなァ。駅の近くに住んでる人は大変ですね。」 在り来たりな総悟の言葉に、頷く。けれど、駅まで来るのに何十分も歩かなければならないのも嫌だ。 「近藤さんはね、毎日電話をかけるって言うんですよ。」 前触れ無しに話題が変わった。けれど何が言いたいのかは分かった。 「あの人なら本当にかけるだろうな。」 「困りまさァ。俺にだって生活ってもんがあるのに。」 嬉しそうに困ると言った総悟に、もう一度頷く。ここで俺が何を言うべきかも分かったのに、どうしてもそれを言う気にはならない。 「それでね、絶対に俺の中での総悟の居場所は誰とも代わらないってしつこく言うんです。あんまり言われるから、逆に心配になる。」 「そうだな。」 先程から、総悟がホームの時計を気にし始めている。長針がぎこちなく進む度に、古い時計が煩わしい。 またしても走ってきた電車は、鈍い音をたてて停まった。こんな田舎の駅にも停まる電車は、珍しい。 隣の総悟は、愛用の真っ赤なキャリーバッグの持ち手を握った。この色がここまで似合う男というのも、こいつくらいだ。 「この電車でさァ。」 「そうか。」 電車のドアが開き、数人が降りてきた。総悟は、そこでようやく立ち上がった。 「じゃあ、土方さん、さようなら。」 真っ直ぐに俺を見る総悟の瞳は、俺が今まで知らなかった色をしている。 寂しさを含んだ決心。忘れられることへの不安、けれどどこかで信じている願望。 こんなに頼り無い総悟は初めてだった。けど。 「じゃあな。」 彼が望む言葉も笑みも涙も、何一つやらずに、挨拶程度に応えた。 諦めに似た微笑みを浮かべた総悟は、キャリーバッグを握り直し、閉まりかけていた電車へ乗り込んだ。 窓から、総悟がドアに背を預け、俯いているのが見える。電車が動き出すよりも先に、俺は改札口へと向かう。 ついに動き出した電車の音を聞きながら、携帯に登録していた総悟のアドレスと電話番号を消した。 いらない (離れていってしまうのなら、 愛する人だなんて。) |