風船ガム | ナノ



ラケットを振るのに疲れて、縁側で休むことにした。今日は非番だから、副長だって怖くない。いや、やっぱり副長は怖いかもしれないが。すたすた歩いたその先には、先客がいた。
彼は隊服姿で、あきらかにサボりなのだが、彼が彼である故に違和感はなかった。

「沖田隊長、」

反射的に彼の名前が口を突いた。イタズラの対象になるのも嫌なので、愛想よく笑ったのだが、沖田隊長はちらりと視線を寄越しただけだった。声をかけるべきか迷ったが、少し距離をとって隣に座る。

「沖田隊長、休憩ですか?」

沈黙を避けて当たり障りのない話をした…つもりだったのだが、よく考えると彼が休憩をするはずがないのだ。仕事をしない人に、休憩という名の時間はない。常に休んでいるからだ。なのにも関わらず、沖田隊長はしれっと答えた。

「そうでさァ。休憩でィ、休憩。」

「は、はぁ…」

あまりに悪気がなさそうに言われて反応に困る。
珍しくアイマスクを付けずに目を開けた隊長を見ると、風船ガムを綺麗に膨らませていた。
ピンクがかったガムを限界まで大きくし、ぱちん と音をたてる。何の会話もないまま。隊長はそれをひたすら繰り返し、俺はぼんやり眺めていた。



あれ、もう膨らませないのかな。規則正しく音をたてていたガムを、隊長は口の中で咀嚼している。くちゃくちゃと顎を動かした後、苦い顔でこちらを向いた。

「まっず…山崎、いるかィ?」

「いるかって…!噛み倒したガムもらっても…」

いかにも不味そうに口を歪めた隊長は、軽く舌打ちをしてガムを紙に吐いた。

「ほらよ、餞別やらァ。」

まだ食べるのか、カラカラ鳴らしながら風船ガムの容器を取り出して傾けている。

「餞別ってなんですか。」

「いいから手ェ出しやがれ。」

「あ、はい。ありがとうございます。」

眉をひそめた隊長に、慌てて手を差し出すと、カラフルに彩られたガムが手のひらに散らばる。
いきなり何の心変わりか知らないが、俺にガムを分けて満足そうに笑った。きっと上司面してみたかっただけだろう。

カラカラ、カラカラ

隊長は、自分も数粒口に入れてから、軽く容器を振っている。

やけに静かな縁側で、あぁ、土方さんが隊長を探しに来なければいいな、なんて考えていた。



風船ガム