僕の友達 | ナノ



───奴が、帰ってきた。

まるで、ドラマや映画の煽り文句だ。しかしこれは現実問題であり、ドラマや映画では断じてない。奴は、帰ってきたのだ。いや、還ってきたと表すべきか。どちらにせよその台詞には似合わない奴なのだが。ヘタレでオタク、ニート。なんか気持ち悪い。…そんな社会から見ればマイナスの印象でしかない単語の数々を、見事に兼ね備えた奴。

そう、トッシーが還ってきた。

しっかりと成仏させて、二度と現れることがないと思っていたのに。やっと俺が整理したカラーボックスには、美少女モノのDVDがずらりと並んでいる。ちなみにテレビの録画された番組のページには、消しても消してもアニメが追加されていく。もう無駄な抵抗はやめた。

「あ、副長!」

見廻りが終わり、廊下を歩いていると山崎に声をかけられた。なんだと問えば監察の報告書に捺印をくれとのこと。

「それ、昨日までだと言ったはずだが。」

「え!?そんな目で見ないでくださいよ。昨日副長を訪ねたら、トッシーがよく分からないから明日にしてくれって…」

またあいつか…!
イライラしても今回ばかりは山崎のせいではない。黙って書類を受け取り(それだけなのに何故か山崎はすいませんを連発した)、部屋へ戻る。どうせ深夜アニメの録画でもしていたのだろう。むかつくから消しといてやろう。八つ当たりがてら襖を力任せに開けると、副長室に副長ではない者が落ち着いた様子で座っていた。

「……何してんだ総悟。」

「土方さん、おかえりなせェ。どう見たって仕事ですよ。」

確かに総悟は(俺の)机に向かい、何か作業をしていたのだが、それはどう見たって仕事ではなかった。

「人の部屋でお絵描きとはいい身分じゃねぇか総悟…」

総悟は何か漫画の原稿のようなもに書き込んでいたのだ。

「お絵描きしたのはあんたでしょう。俺は頼まれたんで髪の毛塗ってるだけでィ。」

「は?……あいつか。」

「そうですねー。なんかなつこみがなんたら言ってましたよ?間に合わないからベタ塗りだけでも手伝ってくれとか。」

破壊的なその絵は、そう言われてみればあいつの絵だった。俺はここまで下手くそじゃない。総悟が筆で人の髪の毛を黒くしている。ベタ塗りと言っていたが、これは幼稚園児が気ままに塗りたくっているのと変わらないように思う。大丈夫なのだろうか、と見当違いな心配をしてしまうほどだ。

「そんなことより仕事しろ。」

「だから仕事ですよ。トッシーも真剣そうだったし。」

この様子だと注意するだけ無駄か…。長年の経験でそう悟った俺は、行きたくはないが厠にでも行こうと背を向けた。襖に手をかけた瞬間、嫌な予感が身体中を襲う。まただ。だけど俺には、それを防ぐ方法なんてない。意識を手離す寸前に、深夜アニメを消すことを忘れていたと思った。



「もうっ。十四郎が身体を譲ってくれないから困るでござる〜。」

「お、トッシー。ほら見ろィ、ちゃんと仕事手伝ってやったぜ。」

どうやら土方さんはまたトッシーに乗っ取られたらしい。ぷんぷんと至極分かりやすい擬態語で怒るトッシーに、預かっていた紙を見せる。自信作だったのに、トッシーの顔は青ざめた。

「えっなんでござるか…!これはベタ塗りというよりベタベタ塗りじゃないか沖田氏!」

「あ?俺の芸術作品に何か文句あんのか。」

少し睨んでやれば鬼の副長の名が廃るような慌て様をみせて、首をぶんぶんと振る。

「そ、そんな訳ないよ!沖田氏が折角手伝ってくれたのに。」

「だよな。やっぱりトッシーはいい奴でさァ。」

トッシーは見た目と中身のギャップが激しすぎて気持ち悪いが、なかなかいい奴だ。俺はオタクに対する偏見もあまりないので(土方さんの姿で美少女アニメを見ていると笑えるが)、単純で扱いやすい。

「よし!十四郎が出てくる前に仕上げないと夏コミに間に合わないでござる!今のうちだ。」

俺が塗っていた原稿にはまだ続きがあるようで、気合満々なトッシーは白紙の原稿に絵を書きだす。

「なつこみのために俺も手伝いまさァ。」

「う、うん。とりあえずは休んでくれてもいいよ。」

俺の恋人は土方さんで、友達はもう1人の土方さんだ。



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