青春の真っただ中、青春には程遠い温度で | ナノ



セメントを流し込まれて固まったみたいに、頭が重くて仕方ない。それなのに必死に走るから、前へ前へ、重いものが傾いて、倒れてしまいそうだ。
まだ3月、冬のはずだがじわりと汗が滲んだ。見慣れた彼の家への道が、いつもの何倍もの速さと焦りを持って視界を通り過ぎていく。真夜中だというのに小さな横断歩道で車に行く手を遮られ、勢いを殺しなんとかその場で止まる。再び走り出したとき、道路の端の街頭が花束を照らしているのを見た。事故だろうか、考えるが答えを知る術はない。

「……っは、つかれた、」

心臓が慌ただしく脈打つ音がする。喉も限界だ。黙って走るほうが効率的だと分かっていても、独り言でもして気分を落ち着かせないと、冷静でいる自信がなかった。
彼の黒髪を思い出す。彼の鋭い目付きを思い出す。彼の、すべてを思い出す。自分が知っているだけの、すべてを。それは数えるとひどく少なくて、けれど感じるだけなら途方もなく多く、大きい。大きいから、すぐに勘違いしてしまうのだ。彼は自分にとってさして大切な存在ではないし、自分は彼にとって同じように大切な存在ではないこと。
互いが、唯一ではないのだ。特別というわけではない。

『このまま終わるのかって思うとなぁ。』
『終わりってわけでもないですけどね。』
『んー、まあ、たしかに、寂しいとまでは思えねえけど。』

終わりはしない。ただ、それに限りなく近付くというだけ。いっそのこと終わってしまえば、と思う。
ほつれる足を無理矢理に持ち上げ、階段を駆け上がる。真っ暗な夜の中、彼がいた。煙草の火が揺らめく。ああ、結局今回の禁煙も失敗したのか。
驚いた彼は火を消して、しどろもどろに俺の名前を呼んだ。そして、寝静まった住宅街で静かに響いた。彼が自分を呼んでいることは重要ではない。自分が、彼の名前を呼びたくて。

「ひじかたさん、」

彼の声の何倍も、自分の声が大きく聞こえた。
徐々に息が整ってきて、冷たい空気が肺を満たしていくのを感じている。こうして少しずつ、確実に。大人になっていくのだろうか。若かったなあ、なんて、今のことを思い出すのだろうか。想像もつかない。このままでもいいから眠ってしまって、そんなときが永遠にこなければいいのに。
明日は高校の卒業式だ。彼は、どこか遠い町に行く。また会おうだなんて、自分たちの間には似つかわしくない言葉で、口にする気にもなれない。



青春の真っただ中、青春には程遠い温度で