「あんたの脚が、すっげー好き。」 夜の暗さが満ち溢れていて、近くのものさえよく見えない。だから隣を歩く土方さんも俺の表情が見えないだろうと鷹をくくって、そう呟いた。我ながら変態くさい言葉を口にしたとは思うが、それは紛れもない事実だったし、かつんかつんと音を鳴らす彼女のハイヒールに頭がやられてしまったようだから、仕方ない。会社の新入社員歓迎会で、新人ほどではないにしても飲んだのが原因かもしれない。 案の定、盛大に身を引いた気配がする。 「……は?」 女にしては低い声。 直属の上司としての女性は俺にとって土方さんだけで、最初に今の部署に配属されたときにがっかりしたのを覚えている。同僚に女がいないのは知っていたから、せめて可愛くて優しい年上のお姉さんが上司に、と考えていたのだ。それが確かに年上のお姉さんが上司ではあるけれど、こんな男勝りな声音と立ち振舞いなお姉さんだとはちっとも予想していなかった。 「俺、あんたの脚が、」 「待て、聞こえてる、聞こえてるから待て。」 「だって聞こえてないみたいな反応したのは土方さんですぜ。」 「んなこと急に言われて、ハイそうですかってなるかよ。」 戸惑った雰囲気で、頭をがしがしと掻いている。色気がないなーと思いつつ、そういえば俺はこの人の髪も悪くはないと認識していることに気付く。彼女には黒がよく似合う。 「言われ慣れてたりしないんですかィ?」 そんなわけあるか、と馬鹿にしたような口調で返ってくる。俺のことを馬鹿にしているふりで、自分までをも馬鹿にしているから気に食わない。自信の欠けた人間は苦手だ。土方さんの場合、仕事に関しての自信は実力に相当するだけ持っているからいいのだけれど(決して口にしないがそれなりに尊敬できる先輩である。)、プライベートな場面になるとそうもいかないらしい。 「あのね、土方さん本当にいい脚してますから。」 追い打ちをかけるように繰り返す。酔っ払いだと呆れられそうだ。 「お前、なんなんだよ……おやじくせえ……」 「おやじくささではあんたに負けまさァ。」 「うるせー。」 さして怒っている風でもないのに、ついでだと言わんばかりに頭を殴られた。怒ってないなら殴らないでほしかった。 「さっきも思ったんですが髪も綺麗ですし。」 「……!?」 心配するような視線を感じる。俺はおかしくない。少し酔いが回っていても、まだ正常な思考を保っている。 「声も、目も。性格で損してるって感じですよ、今より男が寄ってきてもいい外見してんのに。」 「珍しくぺらぺら喋りやがって。どうせならもっと有意義なこと喋れ。」 「有意義なはずですよ。俺、一世一代の告白してる真っ最中なんで。」 そこで不自然な沈黙が流れた。黙々と脳みそを働かせているところだろうか。 そろそろ土方さんが目指すバス停に着いてしまう。バス停が俺が住んでいるアパートと同じ方向だなんて言ってここまで歩いてきたけれど、真っ赤な嘘だ。反対方向ではないにしても、まるで違う道で帰っている。 「えっと、一世一代の、何て?」 「告白。愛の。」 笑えるセリフを、大真面目な調子で言ってやった。 彼女のヒールが地面を蹴っていく一定のリズムが途切れ、代わりに間抜けな音がした。すぐ斜め後ろに目をやると、土方さんが道路端の浅い溝に落ちている。 「び、びっくりした……いてえ……」 びっくりしたのは、こっちだ。 落ちる
(溝に?それとも、) |