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不貞腐れた声で、沖田が言った。

「もう外になんて出やせん。」

枕に顔を埋めているから、常より鈍く空気が揺れた。
二重人格のようなものなのだと思う。沖田は突然、こうして酷く後ろ向きな言動をすることがある。人に会いたくない、何もしたくない、もう無理だ……ただ一人会うことを拒まれない土方は、そう呟く沖田のことをよく知っていた。

「無理矢理この部屋から引っ張り出すとは言ってねえよ。」

彼を宥めようと投げ掛けた言葉は無視される。沖田は土方の言葉を求めているわけではない。何を言われても心には響かないし、立ち直るときは彼自身が勝手に立ち直るのだ。それでも沖田が閉じ籠る度、律儀にこの部屋へ足を運ぶのは土方にはどうしようもない生まれもっての気質のせいというか、とにかく側にいてやらなければ気になるからだった。現代社会の波に飲み込まれて疲れきった、この哀れな男子高校生を助けてやらなければ、と。そうはいっても土方は沖田と同じで特に何かで秀でているわけではない男子高校生なので、やはり沖田のこの突発的な症状を治すことはできなかった。それなのにこうして、沖田が学校を休むたびに放課後、彼の家のインターホンを鳴らすのだ。

「……ジャンプ買ってきたけど、読むか?」

ちらり、沖田が顔を上げる。こういうとき土方は、いつもの沖田を相手にしているような気分になる。もしかすると普段からネガティブ沖田(面倒なので分かりやすく呼び方を決めておこうと思う。きっと沖田自身が知ったら怒るだろう。)はドS沖田(これまた別人格のような呼称だが、ドS沖田は通常時の沖田を指す。)の中に潜んでいるのかもしれない。誰にだって存在している二面性というやつが、彼の場合はあまりにかけ離れていて唐突に出現するのだ。

「新連載はじまってんぞ。でも俺はあんまり好きじゃねぇ。」

「……」

「そういえばお前、体育委員だったろ。今日の体育、お前の代わりに山崎が授業のあとに用具片付けたりしてたぞ。」

「……」

ついにネガティブ沖田は黙りを決め込んだようだ。前述した通り土方は、今は自分の言葉がまったく沖田の精神状態に影響しないことを知っているので、好き勝手に話し、また同じように話すのを止める。口数の多くない土方だが、こうなると独り言をしているとき以上の妙な気軽さを感じ、頭に思い浮かんだことで次から次へと空気に波を作った。
ふと、カーテンの向こうが橙とも赤とも言えない色に染まった。突然のことで、土方だけでなく沖田もそちらに視線をやる。何かドラマのワンシーンのように、部屋の影が濃くなる。

「朝焼けでさァ。」

と、沖田。

「夕焼けだ。」

至極冷静に訂正を入れる。あまりに沖田の口調が揺るぎないものだったので、少し慌てて携帯電話のディスプレイを点ける。やはり、夕焼けだ。
沖田は外の明かりから、じっと目を逸らさない。カーテン越しの夕焼けを、思い描いているのだろうか。

「土方さん、朝焼けです。」

それでも彼は、カーテンを開けて「朝焼け」を見ようとはしなかった。ただ、じっと目を逸らさないでいる。



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