忘れて消える | ナノ



栗色の髪の毛を、ずっと綺麗だと思っていた。ふわふわと風に揺れるのが好きだ。指で鋤く瞬間を想像しても、それを実行したことは一度もない。
単調ながらも気だるそうなしゃべり方を聞くたびに、どれだけ精神的に追い詰められていても心が安らいだ。ごくたまに笑い声で響きを変えるのが好きだ。だから笑っていてほしいが、そう伝えたことは一度もない。
ある日の空に似たような色をした瞳に惹かれていた。腹黒さを感じさせない透明なところが好きだ。一度気が済むまでその色を見ていたいのだが、もちろんそんな恥ずかしいことはしなかった。
面倒くさがりのくせに負けず嫌いなのを知っていた。とても良いとは言い切れない性格なのに。肝心なときこそ手を抜いて失敗する奴なのに。自分が正しいと信じて他人の意見には耳を貸さなかったりするのに、好きだ。好きだ。溢れだしそうなそれを、溢れさせたことはないし、溢れだす予定もない。

あまりに寒い、と意識を戻す。隊服をかっちりと着込んでいるのに、指はともかく全身が縮こまるほどだ。
嘆かわしいことに、副長室はエアコンがついていない。かろうじて電気ストーブはあるのだが(去年の冬に山程の書類を書き、勝ち取ったものだ。ちなみに扇風機も俺の手柄なのだから、隊士達はもっと感謝するべきである)、真冬に徹夜で過ごすには機能性に欠けている。コートまで着てみても、寒いままなのではないだろうか。
ふと時計に目をやると、既に早朝4時を過ぎていた。この時計は少し進んでいるから、40分くらいのはずだ。それにしても、今日は非番だからよかった。このままでは仕事にならなかっただろう。これから熱い湯船にでも浸かって、三日ぶりくらいの布団をひいて一眠りしようと考えが至った。
無意識でくわえていた煙草の火を消し、立ち上がる。襖を開けると、想像以上の冷たい空気。視線の先に見える中庭は、真っ白だった。
そして、

「ざいまーす。」

「……なにやってんだ、」

真っ白の中に、総悟がいた。
確かこいつも非番だったか、袴にこれでもかというほど着込み、雪に囲まれている。手袋もしているが、きっと溶けた雪が染み込んで意味がなくなっているだろうなあと思う。

「久しぶりに雪で遊んでみたら案外楽しくて。」

「去年も同じこと言ってた気がするぞ。」

一応教えてやる。本人は満更でもなさそうだ。

「去年なんて、そんなの大昔でさァ。」

大昔だと言うわりに、17だった総悟と何ら変わっていないように見える。恐らくそれは本当に見えるだけで、実際は色々と変わっているのだろう。
色素の薄い髪に、雪が積もっていく。肌から何もかもが薄い色なのに、雪まで積もって、今にも消えてしまいそうだ。

「んなことしてて風邪引いても知らねぇからな。」

子どもは風の子なんで、とか冗談だか本気だか分からない返事が返ってくる。そういえば幼い頃から、やたらと外で暴れまわっている奴だったかもしれない、と自分を棚に上げて考えた。

「あんたこそ、どうせ寝てないんでしょう。死んでくれる気がないなら、ほどほどにしなせぇよ。」

丸い瞳が俺を捉える。風呂入ってくるとを告げてから、逃げるようにして背を向けた。
考えれば考えるほどやるせなくなるのは知っているから、自分の中の気持ちを肯定も否定もせず、忘れる。



忘れて消える
(そうすれば明日も笑っていられるから)