ピーターパンはいない | ナノ



自分は、子供のうちに死ぬものだと思っていた。職業柄長生きは望んでいなかったし、大人になった自分を想像できなかったというのもある。武州にいた頃から周囲で一番年下、ときたま世話を焼かれていたり最年少という立場で許されていたりすることは、薄々気付いていた。
誰かに負けるつもりはなかったが、そう遠くないうちに斬り込み隊長が死ぬような気もしていたのだ。煙草がやけに似合う土方を見ながら、こんな年になる前には土の下に埋められてしまうだろうと考えたのを覚えている。もちろん土方を追い越すことはないが、ついに当時の彼を抜いてしまっていた。煙草は吸っていないけれど。
子供でいるつもりなのに、年齢が重なっていく。それが急に恐ろしくなったりもする。どうやらそれが、大人になるということらしい。

「あんた、老けましたねェ。」

土方の目元の皺を見て、呟く。煙草を持つ右手も、少し年齢を感じさせるような、感じさせないような。
当の本人はさして気にしていないようで(てっきり怒るんだとばかり思ったのに、つまんねぇ)、ちらりと俺に視線を向けるだけだった。

「てめえもな。」

「えー、俺、まだ二十代なんですけどー。」

「大人っぽくなったって言ってんだよ。」

童顔だと思ってた…そう溢したら、童顔なのは変わってねぇと返ってきた。

「三十路の自分はまだ想像つくんですが、どうも四十ってなるとそれまで生きてる気がしやせん。」

「俺なんて三十の自分だって想像つかなかった。」

短くなった煙草の火を消して、土方は筆を手に取った。俺はといえば相変わらず事務仕事をしない。サボってばかりの俺に呆れ返った土方が、最近は机に向かう仕事を減らしてくれたのだ。そのせいか、やたら見廻りが増えた。
本格的に仕事に集中しだした男をぼんやり眺める。ぼさぼさの黒髪は、俺が十代のときと変わらない。白髪はひとつも見当たらない。切れ長の目も、スカーフをはずしたときのはだけた襟も。煙草をひっきりなしに吸ったり舌打ちを溢したりする口許が、やたら色っぽく見えていたっけ。つい昨日のことのようだ、とありふれた表現が浮かんで可笑しい。

「……俺、」

自然に声が出た。彼の視線は再び俺に向けられる。ほら、やっぱり。それだけのことが嬉しいのは、今だって同じだ。

「あんたのこと、すっげー好きでした。」

ぶつかる視線の先にある両目は、どう見てもあの頃のままで。年をとったのかもしれないが、それはきっと大したことではない。

「知ってたっつーの。」

ふと笑った彼に、途方もなく幸せを感じた。



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