吾輩は野良猫である | ナノ



「猫、」

まさに呆然、である。襖を開けっ放しにして出たのがいけなかった。
事務的な仕事の合間に厠へと立ち、副長室に戻ってきたらこの様だ。書類を散らかした上に机で丸まり眠る猫を見て、土方は加え煙草を落としかけた。

「猫……」

どうしようかと、ゆっくり猫に近付く。どこにでもいそうな、灰色の野良猫だ。この数分のうちに熟睡したのか、目を覚ます気配はない。
しかしこのままではいけない。放っておいて悪戯でもされたら敵わないし、そもそもここで眠られていては仕事が終わらない。

「猫!……猫!」

野良猫に向かって呼び掛けてみるが、やはり起きる気配を見せない。
そこで、後ろから声がした。

「副長、猫猫うるさいですよ。」

山崎だ。背後に立っていたようだが存在感がなさすぎて気付かなかったのは、いつものことだ。土方は驚くが、野良猫の存在を思い出し、悲鳴と怒声をこらえた。そしてちらりと野良猫に目をやる。山崎はその視線に気付いた。

「わ、猫!」

「おまえだって言ってんじゃねぇか!」

「この猫どうしたんですか?野良猫…?」

「いや、なんか、いたんだよ。」

なんか、いたんだよ……?と山崎が繰り返す。知らないうちに忍び込んでいたのかと合点したところで、山崎の頭を激痛が襲った。

「いっ…たあ!」

沖田総悟の登場だ。
ここで土方は眉を潜めた。なぜなら名探偵のいる所で事件が起こるのと同じで、沖田のいる所には厄介事が付き物だからだ。沖田はそんな土方の心中を知らず、ご満悦の様子。でこぴん(今回は後頭部が対象だったが)が上手くいったため、喜んでいるのだ。

「あり?なんですかィ、その猫。」

よほど痛かったようで頭を抱えて踞る山崎をスルーし、沖田は土方に訊ねた。

「俺が厠行ってる隙に、入ってきてた。」と、土方。
すると何を思ったのか沖田は、ある程度の距離を保っている土方と山崎の間をすり抜け、野良猫のもとへ歩み寄る。ぐいっと乱雑に首根っこを掴み、野良猫を自分の顔の高さまで持ち上げた。もちろん野良猫は目を覚ました。だが、呆れるほどに呑気な表情をしている。

「お、おい総悟……猫、恐がってんじゃねぇのか。」

「…………」

沖田は、黙って野良猫の瞳を見詰める。

「でも副長、恐がってる顔じゃないですよ……」



にゃー



相変わらずの呑気な顔で、野良猫が鳴いた。
沖田は納得した素振りで頷く。

「よし、屯所の仲間入り。」

「なんでだよ!」

すかさず土方が突っ込み、そんな彼らを山崎が白けた目で見る。

「いやあ、だっていい奴ですぜ、こいつ。」

先程の鳴き声に何を感じ取ったのか、沖田はさらりと言う。
また沖田だけでなく、この組織は基本的に厄介事に自分から飛び込んでいく馬鹿が多い。その馬鹿のうちの一人、原田もやって来た。

「おーい、饅頭貰ったんだけどよぉ……ん、空太郎?」

原田は野良猫に向かって、「空太郎!」と呼び掛ける。

「なーんだ、原田さんの猫ですかィ。」

「いや、俺は猫アレルギーだし。」

(じゃあなんで命名してるんだ…)土方と山崎の胸の内が一致した。対して沖田と原田は野良猫を気に入ったらしい。

「飼うって言っても、いろいろ大変ですよ。」

山崎が諭す。

「飼うなんて言ってねぇだろィ。野良猫だったやつを飼うなんて可哀想じゃねぇか。仲間入りっつったんだよ!」

「えー……何が違うんですか…」

土方も山崎に加勢しようとした。しかし野良猫を大事そうに抱く二人は、そんな土方が敵のような目で見るのだ。

「……分かった、近藤さんに聞いてこい。」

近藤なら一つ返事で了承することも分かっている。その上で、土方はそう言った。
真選組一番隊隊長と十番隊隊長は、野良猫改め空太郎を連れて、局長室へ駆けていった。



吾輩は野良猫である
(名前は、今、つけられた。)