死屍累々 | ナノ



「…っ、けほ。」

血生臭い匂いにむせかえる。さっきまでは気になっていなかったので、少しは正気を取り戻せているのだろうか。緊張が解けて急に重くなった瞼を辛うじて開きながら、視界の端で揺れた黒い影を追う。

「ひじ、かた…さん。」

俺はこんな風に誰かを頼ったりしない。

「怪我…してねぇか。」

この男もこんな風に誰かを分かりやすく気遣ったりしない。

「へい、」

つまりは「自分」として言葉を選ぶ余裕がなくなっているのだ。
有能な隊士達が、死んだ。生きているのは、俺と土方さんだけだった。なんてことはない─今までだって経験してきたこと。それでもこの斬り合いは相当に生死が近すぎた。

「土方さんは、大丈夫ですかィ。」

「…あぁ。」

開ききった瞳孔の奥で深い闇がちらついたのを見て思う。この人も、一緒なのか…と。あの乱戦の中では、斬られないのではなく即死の傷を作らないことが困難だった。俺だって致命傷の1つや2つあっておかしくない。しかし傷を負っていないのは、代わりに斬られた隊士がいたからだ。言われなくても伝わってきた、─俺よりも、あなたの方が大切です。どうか生きてください─そんな言葉。しつこく言い聞かせてきたのに分かることはなかった。下らないことを考えるな、自分を護ることだけを考えろ。その言い付けを破って、いくつの仲間が死んだ?
ぐるぐる思考の深くでさ迷っていると言い様のない絶望感に襲われて、慌てて意識を手繰り寄せる。

「見てくだせェ、ハートになってまさァ。」

我ながら馬鹿馬鹿しいと自覚するが、べったりとこべり付いた血のうちでハート形に見えるのを指差した。悪趣味な奴だと言われると思ったけれど、土方さんは哀しそうな瞳で笑った。

「てめーにハートなんざ似合わねぇよ。」

「うっせ…あんたよりはマシでィ。」

死屍累々を目の当たりにしながら、むしろ死屍累々を作り出した場所で、不謹慎な会話を紡ぐ。

「帰るぞ。」

蹴りを着けたように刀を汚れたまま鞘に納めて土方さんが言った。

「また近藤さんが煩いんでしょうね。こんな格好で帰ったら。」

「しょうがねぇよ。どうしたって隠せやしないんだから。」

「……ですね。」

どんなに誤魔化しても、こいつらの死が消えることなんて有り得ないことだ。この暗闇から脱け出せる日は来ない、きっと。



死屍累々
(それでも明日には
いつも通り笑っているんだ)