ジャイアニズム | ナノ



わざわざ言うまでもない。
綺麗な黒髪は、無造作だからいいのだ。涼しげな眉は、いつも眉間にシワが寄っているからいいのだ。切れ長の瞼は、鋭い目付きだからいいのだ。おまけに低い声は、荒い言葉遣いだからこそ映えるのだ。

それでも土方十四郎という人間は、人柄に魅力がある。……と沖田は考えている。
女子がきゃあきゃあと騒ぐ原因である彼の外見は、さして問題ではない。厄介なのは、人柄の魅力を知られること。
彼の人柄にはまってしまったら脱け出せないことは、自分が一番分かっているからだ。



「おい、土方ァ。」

土方さんの前の机に座っている高杉が言った。眼帯は今日も健在である。

「あ?」

「こないだ銀八が言ってたあれってよぉ…」

最悪だ。クラスのドアを開けた途端に気分が悪くなった。高杉、来てんじゃん。しかも土方さんと話している。
高杉のことは嫌いではない。あまり自主的にコミュニケーションをとろうとしてこないところや、それでもこちらがちょっかいを出せば何らかのアクションを起こしてくるところは、むしろ好感を持っている。
しかし、だ。たまに学校に来ては土方さんに絡むのは、やめてほしい(俺は土方さんにとって友達以外の何者でもないが)。

「知らねぇよ。てめぇが学校来ないのが問題なんだろ。」

面倒そうだが律儀に、土方さんが返事をした。彼は基本的に、愛想を尽かすということをしない。

「あー?土方は俺に来てほしいんだなァ。」

「うっせ。んなこと言ってねぇし。」

それにしても土方さんと高杉が揃うと、麻薬の取引でもしているかのような情景になるなぁ……なんてことを考えながら、俺は自分の机に鞄を下ろす。はぁ重かった。教科書は全部ロッカーに入れていても、鞄自体が重かった。疲れた。
ばしん、

「おーう、沖田、遅刻じゃねぇのな。」

いきなり頭を叩かれたので振り返ると、死んだ目をした担任が立っていた。

「遅刻なんて、まさかそんな。」

大袈裟に肩を竦めたら、また頭を叩かれた。出席簿が凶器だ。

「よく言うぜ。あと一回遅刻で、今学期三回目のペナルティくらうぞ。次はプール掃除。」

確か一回目のペナルティは、朝からの正面玄関清掃。二回目は、職員トイレ清掃。三回目は、ついにプールらしい。
正面玄関までは仲間がたくさんいたのに、職員トイレのときのペナルティは俺と高杉だけだった。

「げ、もしかして一人でですかィ。」

最近の高杉は、遅刻するなら欠席をするという卑怯な技を使い出したのだ。

「お前くらいだよ、一ヶ月で十回も遅刻すんのは……あ、多串くんじゃーん。」

銀八も嫌いではない。距離を縮めてくるくせに適当すぎるところも、それでいて無責任に突き放すことはしないところも好きだ。しかし、だ。

「……おはようございます。」

「そんなに瞳孔開いてた幸せが逃げるぞー。」

「いや、これ生まれつきなんで。」

「なに?家族みんな、瞳孔開いてんの?」

「そんなことは…」

「多串くんの家族気になるなー。家庭訪問しちゃおうかなー。」

あきらかに、土方さんへの態度が違うのだ。銀八の目は相変わらず死んでいるが、なんというか…物理的な距離が近い。
早起きしてきたから学校で寝ようと思っていたが、そんなわけにもいかないらしい。俺は鞄を置いて土方さんの席へ向かった。

「土方さーん、おっすー。」

「総悟、」

土方さんがこちらを向いて、高杉も俺に目をやった。

「沖田、遅刻じゃねぇのか。」

「銀八と同じこと言うなって。」

感心したように言ってくるが、サボり魔の高杉には感心されたくない。
それなりにこの四人の距離は近いのだろう。が、特に近いのは、土方さんと俺だ。こればかりは譲れない。

「ねえねえ土方さん、この間言ってたゲームソフト買ったんですよ。」

「は?あれかよ、15禁のやつ?」

「今日あんたの家行くんで、一緒にやりましょうぜ。」

「や、やだ。」

「もしかして恐いんですかィ?まぁ確かに超グロ系ホラーですけど、」

挑発するように言えば、土方さんはムキになって立ち上がった。

「恐くねぇし!あんなもんチョロいわ!」

「はい、じゃあ決まりー。クリアするまで泊まり込むんで。」

「あ、あぁ。」

彼の扱いには慣れている。お互いの家に泊まるのは日常茶飯事で、わざわざ了承を得るまでもなく。
そこからも俺達二人にしか分からないような会話をしていると、複雑そうな表情で高杉と銀八は離れて行った。



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(あんたのもんはいらねぇけど、あんた自身は他人のもんにならないように。)