すいか | ナノ



ふわり、黒がなびく。ばさばさと無造作だが意外に艶のあるそれは、後ろでひとつに結んでも肩ほどまでの長さがあった。土方は顔にかかった横髪を鬱陶しそうに払うが、風によってその行動は無意味に終わった。都会からは遠く離れた武州、初夏のことだ。

すいか

この日は道場での稽古もこなし、土方は手持ち無沙汰に田舎の道を歩いていた。近藤と出会ってから一年近く経っただろうか。以前よりも体は動かしているのに、僅かな筋肉痛にしかならない。やはりやり方がいいのだろう。少なくとも喧嘩の回数は格段に減ったし、基礎的な運動で筋肉もバランス良くなってきたように思う。
まだ日が落ちるには早すぎるし、人通りの少ない木陰にでも行って昼寝をしようかと考えた。が、前から走ってくる小さな人影を見て、それはできなさそうだと結論出した。

「ひじかたぁぁぁあ!」

そこから土方までは多少距離があるにもかかわらず、少年の声は鼓膜によく響く。強い日射しとのダブルパンチだ。土方は思わず眉間にシワを寄せた。

「聞こえてるから、そんな大声出すな。」

ついに目の前にやってきた少年は唐突に土方の着流しの袖を掴み、また道を戻る(彼のすることは、いつも唐突だ)。強引な引っ張り方は、いかにも土方を嫌っているのがよく分かる。

「うっせーやい。」

「うるさいのはてめぇだろ。」

負けず嫌いな少年だが妙に面倒を避けてまわるところがあり、土方の小さな反論(この場合は正論だ)を受け流した。遠くの林で蝉が喧しく鳴いている。
じゃり、じゃり、と二人分の草履が土を蹴る音。土方とはじめて会ったときよりも、少年の背丈はずっと伸びていた。そのうち抜かされたら、こいつは天狗になることだろう、とぼんやり考える。この餓鬼に負けるのは、剣だけでこりごりだ。

「すいか。」

またしても唐突に。先を歩く少年が口を開いた。

「あ?」

「姉上が呼んでこいって。」

「……あー、」

すいかがあるから土方も食べに来いということだろうか。少年の姉が言いそうなことだ。
そのまま会話もなく、ひたすら歩き続ける。ぱっと着流しから手が離れたかと思えば、少年は真っ直ぐに走り出した。

「姉上ーっ!」

案の定そこには少年の姉がいた。縁側に腰かけている。同じ茶髪に白い肌の彼女は、しゃがんで少年を受け止めた。まだ大人とは遠い彼女だが、弟といるときにはきちんと保護者の顔になるのだ。

「そーちゃん、おかえり。暑かったでしょう。」

「ただいま!こんくらいの暑さ、大丈夫でさァ!」

そーちゃんは強いのねぇと頭を撫でてから顔を上げ、土方と目を合わせ、にっこりと笑う。
いつも桃色だとか黄色だとかの明るい着物を着ているが、今日みたいな涼しげな水色もよく似合うと土方はぼんやり思った。

「十四郎さんも、わざわざごめんなさい。」

「いや……別にすることもねぇし。」

普段から口数は多くないが、彼女の前になると更に少なくなる。なんとかそれだけを言い、土方は視線を逸らした。

「とても大きなすいかを戴いたから、どうせなら十四郎さんにも食べてもらいたかったの。」

他の何よりも柔らかく綺麗な笑顔でそう言う彼女。江戸行きの話はいつだっけ、行くとしてもミツバを連れて行くわけにはいかないだろうと考える自分を誤魔化しながら、土方は小さく頷いた。