死んだらどうするつもりだ、と怒鳴られるのは、これで何度目になるだろうか。 去年の冬、雪が降り積もる夜に公園のベンチで寝ていたときも、そうだった。 別に死にたかったわけではない。ましてや怒鳴られたかったわけでもない。 ただ、部屋の窓から雪が見えて、無性に外に行きたくなっただけなのだ。冷たい空気が心地よくて、このまま一晩過ごすのも悪くはないと思っただけなのだ。 よく考えればその公園が俺の家の近くということは、必然的に彼の家の近くということにもなる。偶然俺に気付いた彼が、真っ青なのか真っ赤なのかよく分からない表情をして走ってきたのは、ベンチに横になってから一時間も経過していないときだった。 今だって、別に死にたかったわけではない。ましてや怒鳴られたかったわけでもない。 ただ夏の猛暑日はあまりに暑くて、プールに浮かんでみたら少しは涼しくなるかもしれないと思っただけなのだ。 しかしそう思い立ったのが四時限目のことで、手頃なプールは学校の水泳部しか使わないプールだけで、毎度のように彼は消えた俺に気付いて、それで。 「知らねぇのか!?人間は呼吸しないと死ぬんだよ!そんで水の中では呼吸できねぇんだよ!」 それで、俺はこうして土方さんに説教をされているのだ。 じりじり照り付ける日射しが痛いけど、濡れたままの制服はまだ冷たい(でも、髪の毛から滴る雫はぬるくなっていて、どうにも気持ちが悪い)。 「そんくらい知ってまさァ。これでも現役高校生なんで。」 「そんなこと聞いてねぇ!」 自分が聞いといて、それはないだろう。土方さんはやっぱり理不尽だ。 だいたい、夏にプールに入って、何が悪い。そう思ったから、思ったままを口にした。 「夏にプール入りてぇと考えるのの、どこが悪いってんですかィ。」 「おまえは浮かんでたんだろーが!顔を下向けて!今度こそ死んでると思って焦ったじゃねぇか!」 どうやら学校のプールに無断で(しかも昼休みはとっくに終わっているのに)忍び込んだことはお咎め無しらしい。まぁ同級生にそんなことで怒られるなんてまっぴら御免だ。教師なら百歩譲って、素直に反省文書いてやる気にもなるけれど。 「死にそうになったら、顔を上向けたらいい話じゃないですか。」 「それが出来たら、風呂場の居眠りでの溺死はないはずなんだよ。」 ほら、またあんたはそうやって難しいことを言う。 「俺は、死ぬ気はないんですってば。だから大丈夫でさァ。」 「そんな単純な話じゃねぇんだよ。」 「あんたが考えてるほど難しい話でもありません。」 俺がそう即答すると、土方さんは舌打ちをして、黒の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱した。 総悟は何を言っても分かってくれないんだろうな、そんな顔。こっちだって同じ気分だ。土方さんは、何を言っても分かってくれない。 「……おら、教室戻るぞ。」 「今から授業受けるんですかィ?いくら夏でも、風邪ひきます。」 「保健室でジャージ借りろ。このままじゃ、俺の単位もやばいんだよ。」 「だったら放っといたらいいのに。俺は馬鹿だけど、あんたは要領いいんですから、もったいないですぜ。」 「じゃあ急に消えるな。」 「迷惑なら探さなかったらいいんです。」 噛み合わないというよりも、ひたすら平行線の会話に、お互いげんなりする。諦めたように土方さんは俺に右手を差し出した。 「ほら、行くぞ。」 ここで駄々をこねても仕方がないと、俺もその右手を掴んで立ち上がる。 「ねぇ、土方さん、」 「あ?」 この人は俺を迎えに来るとき、面倒そうに苛立っている。それでも、何故かいつも迎えに来るのだ。 「あんたといても面白くはないけど、意外と楽しかったりするんですぜ。」 土方さんは、一瞬驚いたときの目で俺を見てから、ふーんと言って先に歩き出した。 お節介焼き
(できるだけ迷惑をかけないように 努力してみようかと思う。) |