「……はい、」 「誰だ。」 「……は?」 「おまえは誰だ。」 「……高杉晋介です。」 大抵、平日の昼間は親が留守の高杉家。春休みで暇を持て余している俺は、高杉家のインターホンを鳴らした。 あんまりに暇だったものだから、頭が麻痺してるんだと思う。自分で思う。玄関のインターホン越しに、俺はつまらないことを言った。ピンポンダッシュより質が悪い。 高杉のことだから怒るか呆れるかのニ択だと思ったのだが、彼は真面目に、自分の名前を教えてくれた。 「はははっ、正真正銘の馬鹿がいらァ。」 我慢できずに笑うと、向こうで息を飲む気配がした。 「沖田か!」 「まじに今気付いたんですかィ。他人ちのピンポン鳴らして『誰だ』なんざ言う奴がいるわけねぇでしょう。」 「いるんじゃねぇか、自分のこと棚にあげんな。とりあえず入れよ。鍵は開いてんぞ。」 「へいへーい、お邪魔しやーす。」 ガシャンと受話器を下ろす音がしたから、俺は玄関のドアを開けて中に入った。 「ちょうど暇だったんだよ。だから何もすることねぇけど。」 「俺も、高杉はいつでも暇だろうと思って来たんでさァ。」 「なんかムカつく。」 勝手に二階に上がって高杉の部屋へ入る。それに慣れている高杉は文句一つ言わないで、お茶の入ったコップを両手に持ってやって来た。 本当にすることがない高杉と俺は、ひたすらお茶を飲む。 「……暇。」 「春休みは暇だからいいんだろ。」 「あー、確かに。」 「ずっと春休みだったらいいのによォ。」 高杉が彼らしいことを言う。新学期が始まれば、学校に来いだの単位がやばいだの、教師にまとわりつかれるのが目に見えているからだろう。それが嫌なら素直に登校すればいいものを。まぁ最近は、学校でよく見かけるようになった。 「学校はいいけど授業がしんどいんでさァ。授業さえなければまし。」 「馬鹿か。学校は勉強しに行くところだ。」 「高杉にだけは馬鹿とか言われたくねぇ。」 「あ?俺ァやればできるぜ。やることができないだけだ。」 「駄目じゃないですかィ。」 避難したのに、何故か高杉は自慢気に鼻を鳴らした。たまに思うのだが、こいつは日本語が通じていないのではないだろうか。 「でも、悪いもんじゃねぇよな。学校って。」 「きっとあんたが思ってるよりは悪くないでしょうね。」 カーペットの毛玉をむしりながら言うと、高杉が頷いた。 「俺もだんだんそう思えてきたんだよ。不思議だよな。」 「じゃあ新学期からは優等生高杉になるんですね。」 「なってやる。沖田みたいにへちょいのは、すぐに成績抜いてやるさ。」 「……これでも一生懸命なんで。」 欠点ギリギリではあるけれど、俺なりに努力しているのだ。 「文化祭にも体育祭にも参加するぜ。積極的に。」 「うわ、想像できねぇ。」 本音を溢すと、高杉は少し眉をしかめた。 「今年はサボったけど、卒業式にもちゃんと出る。」 「卒業式をサボるなんてどうかしてまさァ。しかも俺達の卒業式なのに、あんたのパイプイスが空いてたときは吃驚したんですぜ。」 そういえば一年のときも二年生のときも卒業式には出席していなかったが、いくらなんでも自分の卒業式くらいは、と思っていた。が、彼のパイプイスは前年までと同様に誰も座っていなかった。 ……ん? 高杉に視線をやると、やはり怪訝そうな顔をしている。 「ちょっと待てよ、」 「ねぇ、俺ら、」 「「もう卒業してたんだ。」」 二人の声が重なる。 そんな事実を忘れていた自分達に呆れて、堪えきれずに吹き出してしまった。 隻眼の男と春休み
|