こんな生徒はいやだ | ナノ



「ひじかたせんせー…リタイア。」

春休み、数学科教師である俺と生徒の沖田、空っぽになった机が並ぶ教室、留年回避をかけた補習。もう日は沈みかけ、窓からは夕日が射し込んでいる。暫く沈黙が続いていたが、それを沖田が破った。一番後ろの窓際にある席に座り(一人しかいないのだからやめろと何度咎めても、聞かなかった)、俺が用意したプリントを恨めしげに見つめている。

「リタイアは認めねぇ。」

リタイアとかふざけたこと誰に言ってんだとか、おまえプリント一問だって埋まってないじゃないかとか、口をつく言葉は山ほどあったが、堪えた。とりあえずは、大人しく学校に来て着席してくれていることに感謝しよう。

「もし留年したら高校辞めまさァ…。そんで就職します。」

彼の頭は既に、留年したときのことを考えているらしい。ありえるから怖い。

「そんな簡単に就職できる世の中なら、勉強する奴なんていねぇよ。」

「……あー、もう数字なんか見たくねぇ。」

「分からねぇとこあったら言えよ。こうなったら徹底して教えてやる。」

沖田は夏休みも冬休みも補習だったが、そのときはまだ他にもそういう生徒がいた。しかし今回は進級に関わる。だいたい教師だって、留年の生徒を自分のクラスから出したくないのだ。試験で狙われる問題をさんざん仄めかし、おまけに問題集からそのまま引用したものばかりを出題。それでも沖田は駄目だった。

「分かりませーん。」

さっそく音を上げた沖田は、右手を挙げて言った。わざとらしい口調。絶対にやる気ねぇな、こいつ。

「どこだ?」

「これ。体積と面積って、何が違うんですかィ。」

「体積と、面積?」

「へい。」

どうしようかと思った。それは、真面目な顔で現役高校生が言う台詞ではなかった。

「沖田…おまえ、小学生からやり直すか。」

「いやでさァ。」

即答。無表情のままで首を振る彼に、溜め息を吐く。この底なしの馬鹿に、どうやって勉強を教えろというのか。

「……分かった。それなら小学校レベルからおまえに教える。今日から朝から晩までみっちり補習だ。」

ここまで馬鹿な生徒に巡り会うのも珍しい。こうなれば一から教え、立派な高校生にしてやろうじゃないか。きっぱりと言った俺に、沖田は目を輝かせた。

「やりぃ。土方先生の春休みの予定は俺で埋まりましたねィ。」

「は?」

「この馬鹿に数学なんて高度な学問教えるのは骨が折れますぜ。精々困りやがれニコチン教師。」

「…………」

あぁ、やっぱりこんな奴の為に世話を焼いてやる必要はないか。そうも思ったが、きっと俺は春休み、沖田の進級をずっと案じているのだろう。



こんな生徒はいやだ