本当なんだ。本当に、心から、愛していたんだ。 耳障りの良い低い声でそんなことを言うから、いつからこの人は役者になったんだっけと思った。そのくらいにクサイ台詞だった。 しーんとした夜に、ほんの少しざわつきが混ざっている。まだ他にも、起きている人がいるのだ。江戸の時間は止まっていない。 左側には刀を置いている。右側には茶飲みを置いている。俺は、茶飲みの中に入れられた苦い酒を呑んだ(それはまるで、隊服に下駄を履いている自分みたいに不釣り合いだった)。好きではない味だったが、それでも呑んだ。土方さんの言ったことに、何と相槌を打つべきなのか分からなかったから。 「愛していると言うわけにはいかなかった。行動で示すわけにもいかなかった。」 土方さんと姉上は、想い合っていた。本人達は知らなかったかもしれないが、それは周囲に筒抜けで。しかし二人はぎりぎりの距離を保って、近付くことがないままに終わった。 「でも、本当に愛していたんだ。軽い気持ちじゃないし、まして偽の気持ちなんかじゃなかった。」 俺はまた、酒を口に運んだ。 土方さんは珍しく弱気な声音をしていた。 「なぁ、本物の愛ってなんなんだ。本物だったら絶対に叶うのかよ。どちらかが我慢すれば、片方は幸せになるのかよ。絵にならない黙ったままの想いなら、それは本物じゃないってことになるのかよ。」 「本物なんてもんが存在するのは、映画とか小説の世界だけですよ。」 あんたが真剣だったなら、それで十分でさァ。柄にもなく慰めると、土方さんは軽くため息を吐いた。 「……誰かに言わないと、消えてしまうような気がしたんだ。本物だとか、そんな定義が下らないことは分かってる。」 ただ、 黙っていたら、あのときの気持ちが嘘になってしまうように思って。 この人も大分酒がまわっているようだ。情けなく言い訳をしている。 「自分さえ我慢すれば、なんて独り善がりは現実じゃあしんどいだけですよ。それこそ無駄な努力でさァ。結局何も解決できないなら、こうして全部吐いちまえばいい。」 どうやら土方さんは、姉上のことで後悔をしていたようだ。そして今は、それをわざわざ俺にぶちまけたことを後悔している。 俺はといえば、もうこの人を憎むことには飽きてしまったので冷めた思考で酒を呑み続ける。 「何も解決できない、か。そうだな、今さら何が変わるというわけじゃねぇよな。」 「あんたはいつも、難しく考えすぎて自爆しちまうんですよ。鬼の副長が聞いて呆れらァ。早く副長の席、譲りやがれ。」 気持ち悪い胃の中に、強引に残りの酒を流し込んだ。 ほら土方さん、空を見てくだせェよ。姉上と見ていた武州の夜空とは違うけれど、江戸にもまだ、こんなに星が光ってるんですよ。 「鬼の副長ねぇ……。中間管理職に愛想が尽きたときには譲ってやるよ。」 立ち上がった土方さんは、昔と変わらない表情で笑った。姉上を愛していた頃と変わらない表情で笑った。 土方さんはきっと姉上への気持ちを忘れることはできないだろうが、姉上よりもっと愛することができる人を見付けたときは、俺も一言くらい祝ってやってもいいかなと思った。 吐く (呑みすぎた土方さんは、 青い顔をしてしゃがみこんだ。) |