「あー、今のいいなぁ。」 普段から、あまり会話をしない。 登下校だけでなく休み時間も弁当も一緒にいるくせに、俺達は特に気が合うわけではない。口にすることといえば「寒い」だとか「腹減った」だとか他愛もないことだし、たまに会話が成立したって「今日って予習しなくちゃいけない授業ありましたっけ」「数学のプリントは今日提出だぞ」「うわ、ノータッチ。土方さん、写させて」「そうだろうと思ったよ」くらいだ。 それでも入学以来3年間、飽きることもなく毎日俺は総悟の家まで迎えに行き、毎日総悟は俺の机へ自分の弁当を持ってきた。例え総悟がなかなか家から出てこずに、二人揃って遅刻したとしても。例え総悟が俺のカツサンドのカツをすべて食べたとしても。……俺ばかりが損をしている気がするのは気のせいではない。 「いい?」 「ほら、あそこの。」 総悟が指差した先には、ミニスカートを風で靡かせ歩く、同じ高校の女子生徒。 「あー……細すぎるだろ。」 痩せこけた脚を見て、感想を述べる。こんなに寒いのに、よく生足で歩けるものだ。 「あれくらいがベストでさァ。まぁ土方さんはデブ専ですからねィ。」 「誰がデブ専だコラァ。」 総悟は、遠くなっていく女子生徒を名残惜しげに見送りながら、首にぐるぐると巻かれたマフラーを整えている。確か一年生の冬にも、この赤いチェックのマフラーをしていた。彼の目の色に合っているなぁと思ったのを憶えている。 「だってあんたが可愛いって言う女の子は、みんなぽっちゃりじゃないですか。」 「馬鹿か、ぽっちゃりしてるくらいが可愛いだろ。つーかおまえは、いっつもガリガリな子を可愛いって言うけどな。」 「そんなことねぇです。」 そこから意味のない口喧嘩のようなことをしたが、すぐに終わった。ぽっちゃりだろうとガリガリだろうと、どちらも彼女という存在がいないので、うやむやになってしまったのだ。 「……寒いな。」 ぽつりと溢すと、総悟がふわりと白い息を吐いた。 「食堂のおじちゃん、」 そして、思い出したようにそう言った。 「は?」 「来年からは、普通のおじちゃんになるんですって。」 「普通のおじちゃん?」 「食堂のおじちゃんを引退。」 「……ふーん。」 何と返事をしたらいいのか分からなくて、適当に応えた。 普通のおじちゃんになるらしい食堂のおじちゃん、の愛想のいい笑顔が目に浮かぶ。 「卒業してから遊びに行っても、もういないんですよ。」 珍しくしみじみとした総悟の声。 あぁ、本当に寒い。 「なんだかんだで、教師よりも相談に乗ってくれる人だったな。」 「そうでしたねィ。」 「食堂はこの時期、閉まってたよな。」 卒業式まではあと数日。それまでにはもう、食堂に行けそうにない。 「卒業したくねぇなァ…」 凍てついた空に向かって小さく呟かれた総悟の言葉を、黙ったままで聞いていた。 3月 (空からは、小さい雪が降ってきた。) |