「うおぉぉぉぉ、やべぇぇぇ!千切り界の神が降臨なさったぞ!」 そんな馬鹿らしい言葉が響くのは、屯所の台所。この日の副長と一番隊は『炊事係』である。9割方の確率で騒ぎの中心にいる沖田は、やはり今回も同じだった。普段は日本刀を手にしている右手に包丁を握り、キャベツを刻んでいる。 「てめぇら、よーく見とくんだぜ。これくらいにならなきゃ、剣士とは名乗っちゃいけねぇよ。」 得意気にそう言いながらも、その右手は素早く細かく動く。ひたすらキャベツが刻まれていく様子を眺める隊士の中の一人が、少し離れた場所で玉ねぎの皮を剥く土方に声をかけた。 「副長、見てください!沖田隊長すごいんですよ!」 「あぁ?なんだぁ?俺は今、玉ねぎしてんだよ。」 「玉ねぎしてるって何ですか。」 誰かがぼそりと呟いたあと、沖田は手を止めずにちらりと土方を見やり、言った。 「俺があんまり千切りが上手だから、拗ねてんでさァ。そっとしといてやりなせェ。」 明らかにこれは挑発なのだが、土方はあっさりと挑発に乗る。 「んなわけねぇだろ!……うわ、おまえどこで料理なんて習ったんだ。」 「こんなの刀の仲間ですよ。斬り込み隊長の俺にかかれば、楽勝でさァ。」 山のようにキャベツの千切りをこしらえ、沖田はようやく包丁を置いた。 「そういえばこのキャベツ、どうするんだ?」 「え、食べるんですよ。」 「今日はカレーだが。」 女中がいなくなった日から、真選組の食事はすべてカレーだった。最も簡単そうだから、という理由で毎日買い出し係がカレー粉を買ってくるのだ。しかし、具が入っていないカレーやオイスターソースが9割のカレーなど、様々なカレーが生み出されている。 「えぇー、またカレーですかィ。それじゃあカレーにぶちこみやしょう。」 「カレーに千切りか……。まぁそんなに得意なら、じゃがいもでも切っといてくれよ。」 「お安いご用でィ。」 未だに全員の注目を浴びる中、沖田はじゃがいもを一つ取り、まな板に置いた。じゃがいもの真ん中辺りから切ろうとするのだが、何故だか手の位置がずれて包丁を下ろせない。 「…………」 「…………」 「…………」 皆が固唾を飲んで見つめるが、ころりころりとじゃがいもは、ぎこちなく転がるばかりで形を変えない。 「……っだあァァァァァ!」 ついに大声を上げて包丁を放り投げた沖田に周りがざわつく。 「あっぶねぇだろ総悟!」 「すいやせん、イライラしちまって、つい。」 ポーカーフェイスで謝る沖田に、土方は溜め息をつく。 「なんで千切りができてじゃがいもが切れないんだよ。」 「いやぁ、ちまちましたことは苦手でして。」 どう考えても千切りの方が細かい作業である。しかし隊士達は、あの沖田が切れないじゃがいもとはどれだけの強者なのだろうかと畏れた。 「そういえば副長、さっきから玉ねぎばかりやってますが、剥いた玉ねぎはどこに?」 「それがよ、不良品ばっかりなんだが。いくら剥いても中身がねぇ。」 「えっ、まじですか。……本当だ!全部皮じゃないですか!」 スーパーに苦情言わなきゃな、などと言っている彼らが作ったカレーは、やはりカレーと呼べるものではなかったらしい。 玉ねぎの謎 (答は見つけられなかった。) |