煙草が消えた部屋で | ナノ



大切な、大切な恋人が、苦しそうに眉を寄せた。俺には分からない、どうしたらいいのか分からない、そう呟いて。

いきなりのことだった。

「考えてもみろよ。人間の体なんて、この刀で貫いたら、脱け殻になっちまうんだ。」

俺だってどうしたらいいのか分からなかった。恋人が、その黒い髪の毛をぐしゃりと掻き乱すのを見ていた。恋人が言ったことは、何年か前に人を斬ったときからリアルとして知っていたし、彼自身もとっくに知っていることだから、余計に分からなかった。
ただ俺は、「そうですねィ。」と、何の救いにもならない言葉を返した。
恋人は、どうしたらいいのか分からないと言った。それは喜ばしいことだった。俺が凶器だらけの戦場で殺し合いをしていることに、恐怖を感じてくれているらしかった。けれど、俺は喜ぶことができなかった。

「もし、もしも総悟が、」

恋人は絶望的に続ける。もしも総悟がいなくなったら、俺はどうやって生きていけばいいのだ。
俺は、やっぱり喜ぶことができなかった。彼だって、俺と同じ戦場で生きている。彼がいなくなったら、俺はどうやって生きていけばいいのだろう。

「大丈夫でさァ。」

けれど俺は、そう言った。恋人は未だに眉を寄せたままで、大丈夫じゃないんだ大丈夫じゃないんだと繰り返す。

「俺はこんなに、こんなにも総悟のことを思っているのに、おまえは大丈夫だと言うんだ。おまえは、大丈夫だと言うんだ。」

このままじゃ気が狂ってしまう、と溢す恋人は、既に気が狂ってしまったかのようだ。
あんなに依存していた煙草も、彼はもう欲していないのだ。この部屋には、煙草の吸い殻も灰皿も見当たらなくなっているのだ。俺が書類を提出しなくても、呆れたように怒ったりしないのだ。不自然なままで正しく呼吸をしている恋人を、俺は少し恐いと感じた。どんなになっても愛し抜けると信じきっていた彼を、恐いと感じた。

「ねぇ、土方さん…。俺は簡単に死んだりしやせんよ。あんたを殺すまでは死なねぇって、何度も言ったでしょう。」

恋人も自分自身も元に戻るように言い聞かせる。
俺は、別に死んだってよかった。本当は、いつの日か彼が死んでしまったってよかった。ただ、生きている間に、彼といることに幸せを感じられればよかった。明日死んだって、今、こうして2人で生きている事実さえあればよかった。

それでも恋人は、どうしたらいいのか分からないと言った。俺には分からない、どうしたらいいのか分からない、そう呟いた。



煙草が消えた部屋で