午前9時 | ナノ



「ねぇ土方さん、」

「…なんだ。」

「なに、やってんですかィ。」

目の前の男は、あんなに執着していた書類を放り出し、朝の9時から布団にくるまっていた。

「寝てるんだ。」

「馬鹿じゃねぇの。」

数時間前、からかいに来たときは血眼で書類と向き合っていたのに。

「うっせ…なんかもう疲れた。」

「吹っ切れるって、こういうことを言うんですねィ。」

半分感心しながら言うと、さも迷惑そうな顔で男は起き上がった。

「てめー、また邪魔しに…」

「違いまさァ。暇だったから遊びに来たんでィ。」

「いい身分だな。ほとんどがお前の書類だっつーの。」

どうやら俺のせいで、(おそらく)人生初のストライキを諦めたらしい。ぼさぼさの黒髪をかきむしり、筆をとった。

「…あんた、綺麗な字を書きますねィ。」

「今更か。」

「えぇ。じっくり見ると女の字みてぇでさァ。」

正直な感想を述べると、彼の気に障ったらしく睨まれた。さらさらと文字を繋げていく筆先を、ぼんやり眺める。

「…怪しい。何か企んでやがるな?」

「は?」

「こんなに総悟が大人しいはずがねぇ。何が目的だ?」

段々眠くなり、意識が薄れながらも白い紙が黒く染まる様子を目で追っていると、ふと筆が止まった。

「何もないでさァ。今は奇襲を仕掛ける気分じゃないんです。」

眠気のせいでぼんやり答えても、男は疑わしい目で俺を見ていた。

「眠い…。土方さん、布団借りていいですかィ。」

「あ、あぁ。」

きっと柄にもないことを言ったんだろう。開きっぱなしの瞳孔を僅かに揺らし、彼は頷いた。
まだひかれたままの布団に入り、目を閉じる。

少し温かいのは気のせいか。

「…煙草くせーや。」

「黙れくそがき。」

微かに匂う、彼特有の苦い香りに包まれて意識は遠くなる。…そういえば、土方さんは寝てないんじゃないか。俺の書類が溜まってるから。とんでもねぇ部下だな、俺。

まぁ…いいか。

こんなのも悪くない。



俺は、眠りについた。



午前9時