玄関を開けたら沖田がいた。寒さで死にそうだと言っている。大晦日のことだ。高校卒業を期に一人暮らしを始めて、5度ほどはこの季節を数えただろうか。大晦日の休みを勝ち取ったので、のんびりとテレビを見ていた。それほどテレビというものを好きなわけでもないので、時間は腐るほどあるからとコーヒーを豆から淹れようと思う。あぁやっぱりこのまま寝てしまおうか…そんな幸せな考え事をしているときにインターホンが鳴った。玄関を開けたら沖田がいた。 「なんなんだよ…」 つい口に出たのは仕方がないと思う。 「鍵無くなったんで、どうか一晩匿ってください。」 芝居がかった態度で沖田の頭が少し下がった。非常にたちが悪い。俺が断れないのを知っているくせに。 くそったれ優雅な俺の休日かつ大晦日を返しやがれ…そんな心の声すら聞こえているかのような顔をする沖田を、しぶしぶ迎え入れた。 (2013.1/3) ◎笑っちゃうよな(沖田土方) 冷めはじめているのを感じていた。毎月立ち読みしている音楽雑誌に小さな特集が載ったときから、それは少しずつ、熱がなくなっていた。 誰も知らないから好きだった、なんて馬鹿馬鹿しい。 それでも耳で鳴る彼らの新曲がやけに神経を逆撫でするから、むしゃくしゃしてイヤホンを抜いた。雑にポケットに突っ込む。 「土方さん!」 夜の町を覆う真っ黒の先に呼び掛けると、振り向いた。 いくらか前を歩いていた彼は、なんとなしといった様子で歩調を止めた。俺が追い付くと、再び前を向いて進む。 「バイト帰りか?」 頭の中ではまだ確かに、彼らの曲が流れていた。ただし新曲ではなく、何度も何度も繰り返して聴いた曲だ。 土方さんの声と古くさい街灯と洒落たギターフレーズと安定感のあるベース。全てが入り交じって目眩がする。ぐちゃぐちゃな脳内を無視して、俺はこくんと頷いた。 「土方さんも?」 冷たい空気が頬を切る。もうそろそろマフラーを巻いてもおかしくない季節だ。夏は疲れるから、冬のほうが好きだ。 俺の切り返しに、彼もこくんと頷いた。 「ったく、この時間には寝ててえのに。」 俺は深夜でシフトを提出しているから構わないが、そういえば彼はいつも夕方あたりに帰ってきていた気がする。 「そういえばこの間貸したCD、」 思い出して口に出すと、聴いたぞ、と返ってきた。 「歌い方が好きだった。あと、俺そういうの詳しくねぇけど、曲の進行がすげえと思った。」 「俺だって詳しくはないですよ。でも本当、あれはいいですよねィ。」 「まだ活動してんの?」 「いや、確か一年くらい前に。」 「一回くらい生で聴いてみたかったなぁ。」 他愛もない会話が続く。 そこからも、コンビニで売り出しがはじまった期間限定の炭酸飲料が美味しいだとか、休みの日は何をするだとか、そんな話。 まともに会話をするのなんて、土方さん相手くらいだ。もちろんバイト先の店主やスタッフとはまぁまぁ入り込んだ話もするし、夜中に呼び出してきて愚痴を垂れ流す昔の同級生だっている。それでも、土方さんくらいなのだ。気持ちの問題かもしれないし、そうじゃないかもしれない。 「あれだ、いつかゆっくり話そうぜ。悩みでも聞いてやるよ。」 それぞれが部屋を借りているアパートに到着し、土方さんは鍵を探しながらそう言った。俺はジーンズのポケットから鍵を出す。 「えー、あんたに悩みとか言いたくねぇ。」 (2012.10/25) どうしても続きが書けなくなった ◎欲張り(沖田) 欲しいものなんて、特に思い当たらない。裸足のままで縁側から中庭に出て、敷き詰められた小石をひとつ、拾う。 新作のゲームソフトには確かに心を引かれるが、本当に欲しいのかと尋ねられればYESとは答えないだろう。 駄菓子屋に入れば多大な出費をしてしまうが、それだって手に入れたからといって満足できるものではないのだ。 捨てたいものなら、いくつかある。小石を池に投げると、ぼちゃんと音がした。 多少の思い入れはあるものの、見た目が気に入って買った菊一文字。 知らない間に増えていく、口座の中の数字。 けれど捨てるわけにもいかない。捨てたいものより、捨てたくないものの方が多いのだ。 (2012.10/11) 結局は何にも捨てられないまま ◎おかしいなぁ(沖土) ぎゅっ と両手に力を込めた。 殺したいとは思っていないのに、このまま彼の呼吸器が潰れてしまえばいいのに、と思う。切れ長の目が苦し気に細められる様子に、ぼんやりと欲情した。呻き声だか微かな吐息だかは分からないが、低いそれに色っぽさを感じた。 死んでしまえ、なんて心にもないことを頭の中で呟く。 何でだろうか、おかしいなぁ……口元は弧を描いている。 (2012.8/24) ◎いっそのこと降ってこい(沖田と土方) 目を閉じていることにも疲れた。寝転がっていることにも疲れた。 布団から抜け出したあとで、次は屯所から抜け出した。外は冷たかった。何も干渉してこない。夜はただ、そこにあった。昼間には日光を跳ね返すアスファルトだって、今は大人しく踏まれている。 それでも江戸は都会で、屯所から少し歩くと、夜はもう冷たくなくなった。賑わう街を遠巻きに眺めながら突っ切る。 いつも子どもが走り回っている公園には、誰もいない。ひんやりしたベンチに腰かけて夜空を見上げる。相変わらず、空気は冷たい。 いくつか同時に、星が流れた。武州に比べるとかなり見える星は少ないのに、珍しいことだ。しかしあまりに幾度も流れるので、これは幻覚なのでは、と思い始める。流星群だったっけと考えるが、それにしては空を見ている人が他にいないのはおかしい。やはり幻覚なのかもしれない。にしても、なぜ幻覚なんてものを見ているのか。ごしごしと目を擦り、もう一度、流れる星を見る。 ふいに背後から人が近付き、すぐ左後ろに立った。殺気をまるで感じなかったため、沖田はのんびりと振り返った。 「土方さんじゃありやせんか。」 「何やってんだ、今晩は非番だろう。」 そういえば土方は夜勤だったように気がする。現に彼は隊服だ。あんたにはこの流れ星が見えますか、と聞くべきなのか。冷たい呼吸をしながら、沖田は考えた。 (2012.7/19) ◎結果論(沖田←信女) 恋だと言えば嘘になる。愛だと言えば嘘になる。それでも敵視とも同族嫌悪とも、ましてや友情だとは感じていない。 似ていると思った。怒るときも喜ぶときもどこか醒めている。 しかし正反対だと思った。彼と私では、見てきた世界の広さが違う。 彼は絶対に私を見ない。 私は絶対に彼から目を離せない。 努力したって諦めたって、結果は変わらないのだ。私が報われることはない。 強いて言うならば、私が報われることなんて、戦場で刀を奮えば人が死ぬという単純な行為くらいだ。 (2012.6/30) 連続で片想いなネタになった。 ◎矛盾した恋心(また子) 世界を壊すという甘美な野望を見据えている彼が好き。ふとした瞬間に気を抜いている彼も好き。 でも、私は高杉晋介個人と御近づきになりたいとは思わない。私が使い物にならなくなったら、平気な顔をして斬り捨ててくれても構わない。 なんて言いながら、晋介様が私を駒ではなく仲間として見てくれているとしたら、私は嬉しくて嬉しくて泣いてしまうんだろうけど。 真っ黒な何かに囚われている彼が好き、なはず。だからついていこうと決めた、はず。 それなのに最近、いつか晋介様を中心にして、みんなで笑える日がくればいいなぁなんて考えてる自分がいるの。 (2012.5/23) ◎何の為にも誰の為にも自分の為にもならない出来事(沖田) ※少しグロテスクな血表現あり 雀が死んでいた。 繁華街を外れた所、アスファルトの上。恐らく車にでも跳ねられたのだろう。何だろうと近寄って見ると、頭が潰れて血にまみれた雀だった。 嫌なものを見たと、そのまま屯所への道を歩く。あれは始末するべきだろうか。少なくとも俺は今日非番で警察じゃないから、変な義務のようなものはないはずだ。 屯所に戻って、中庭の隅に落ちている小さなスコップを持ち、またさっきの道を歩く。 人通りが少なくてよかったなぁなんて考えながら、雀をスコップで拾おうとする。なかなか乗っからなくて、焦る。アスファルトから肉が剥がれる感覚はやけに柔らかくて、つい顔が歪むのが分かった。思っていたより、酷かった。 なんとかスコップに雀を乗せて、近くの茂みに向かう。すれ違ったうちの一人は雀に気付かず、一人はぶらぶらと揺れる雀の片方の足を見ていた。 適当な場所を探しているときに、老婆が通りかかった。 「可哀想に。死んでたの?」 「へい。アスファルトに落ちてたんでさァ。」 愛想笑いに悲しげな表情を浮かべて、老婆は去って行った。 雀を置いてから、土を掘り返す。案外、土は固かった。大きなスコップにしておけばよかった。ざくり、なかなか深くならない穴をひたすら掘る。そんなに暑くないはずなのに、こめかみを汗が伝う。 後ろで、また誰かが通るのを感じた。雀は目立たないし、きっと俺はただの不審者に見えているんだろう。 やっとある程度の深さになったので、穴に雀を入れた。はじめて、雀の両目を見た。妙に真ん丸な黒目がこちらを見ている気がして、怖かった。なんとも言い切れない。ふんわりとした羽の上に、土を被せる。ようやく雀が見えなくなった。ホッとした。 何故だか涙が出そうになったので、こらえる。人を何人も殺して、これよりもずっとリアルな死を知っているのに。これがカエルだったら、二度見すらしないのに。都合がいい自分に吐き気がした。 (2012.5/9) ◎それならば此の痛みは何なのだろう(戦うあの子) 「大人しくしてりゃあ、もうちっといい女だったんじゃねぇのか?」 殺されるんだと悟ったのか、やけくそに叫んだその男の言葉に、僅かに意識の残る脳の奥がちりりと鳴った。 大人しくも何も、これが仕事。この仕事を選んだのは、自分。 「女なんて、いくらでも捨ててやる。」 男の顔が歪む。 これが仕事。この仕事を選んだのは、自分。自分が選んだのだから、いくらでも汚れてやろう。今更女を捨てたところで、さして変わりはないのだから。 (2012.3/9) 月詠さんなのかさっちゃんなのか信女ちゃんなのか。また子ちゃんかもしれない。 ◎野良猫を拾う(沖田土方山崎原田) 「土方さん、猫拾った。」 「はぁ?……まじかよ。屯所で飼うとか言うなよ。捨ててこい。」 「えー、どこに?」 「捨ててあった場所に。」 「捨ててあった場所っていうか、こいつ野良猫でさァ。」 「おまえ野良猫を拾ったのか。」 「可愛かったもんで、追いかけて捕まえやした。」 「拾ってねぇじゃん。誘拐じゃん。」 「だってこいつ、『おまえなんかに拾われてたまるか!』って目をしてたんですぜ。そりゃあ拾いたくなります。」 「ならねぇよ。猫にまでドS発揮してんじゃねぇよ。」 「どうしよう。ノリで拾ったけど、どうしよう。」 「だからそれ、誘拐だから。」 「野良猫を飼うのも可哀想ですよね。牛乳でもあげてから、逃がしやしょうかねィ。」 「勝手に餌付けんな。つーか、なんで拾ったんだよ。本当に。」 「よし、逃がすことにします。」 「……あぁ、そうしろ。」 「すいませーん、副長、報告書を。」 「おう、ザキじゃねぇかィ。」 「あれ?猫、ですか。」 「可愛いだろ。あー、やっぱり飼いてぇな。」 「飼いましょうよ!」 「だよな!飼うべきだよな!」 「ちょっと待て。屯所で飼えるわけ…」 「おーい副長、この前言ってた映画のことだけどよぉ。」 「あ、原田さん。」 「うわ、猫!めっちゃ可愛い!」 「…おまえら女子高生かよ。」 (2012.3/1) |