最初から信用なんてもの、なかったんだ。一度だって。疑うことばかりを覚えてしまった。だから裏切られたとは思っていないよ。



「私、妊娠してるの。篤との子供がここにいるんだ」



お腹をそっと撫でる手を握って、そのまま引っ張って転ばしてやりたい、なんて冗談でも思えない。初めましてなんて挨拶も無しに突然現れ爆弾を投下する目の前の女の人がお腹に宿す新しい生命体。まだ膨らんでいないお腹はこれからでかくなっていく。よかったですねおめでとう、そんなありきたりな祝福は口が裂けても言えないのはつらつらと流れるよう言われた台詞に出てきた名前が私の彼氏である篤だったから。



「……産むんですか?」

「勿論、そのつもり。まだ篤には言ってないけど」

「私に言うよりも先にまず篤に言うべきじゃ?」

「言うわよ。でも彼女であるあなたに許可をとったほうがいいと思って」

「…今更なんの許可が必要だって言うの」



はは、思わず鼻で笑っちゃう。許可が欲しいと言うならもっと前に篤とそういう関係になる前に言えよって。ほんと今更だ。こんなの。



「それもそうね。でも一応?あなたには篤と別れてもらいたいから」



まるで勝ち誇った顔。余裕の笑みで私を見下す。子供ができたから勝ち?そうしたら篤が自分のものになるとでも思っているの?馬鹿じゃない?勘違いもいいところ。そんなの理由になんてならない。命を軽くみるな。



「言われなくてもそうしますからご心配なく」



生まれてくる子供に罪はない、綺麗事でもなんでも自分の心を殺して無理をしてでも言ってやりたかった。誰の為なのだろう。子供の為?相手の為?篤の為?自分の為?答えはきっと全部。私の中にある限界なんてものを越えてしまってからは別れの理由なんてもう見つからなかった。

きっと、これはいいキッカケなんだろう。どこかで予想していた最悪な終わり方でも、確かな未来があるのなら。



「なんだ。あなたは篤のことなんてそんなに好きじゃなかったんだ」



勝手に現れ言いたいことばかりを言って勝手にほっとして篤を奪っていく。なんて自己中な人なんだろう。いつかこんな日が来るのかもしれない。内側のどこかでぼんやりと思っていた。

"好き"だと強引に私を"彼女"というポジションに置いて、そういう形を作ったのは他でもない篤だ。なのに他の女も抱く。付き合っているというこの形がある限り篤がする行為は"浮気"。私と別れたら、そうしたら篤は自由になれるのに、どうして。

何を考えているのか理解できない篤に好きという感情を抱くだけ虚しい事は分かりきっていた。その虚しさはやり場のない、どこにも置いていけない寂しさ。

好きじゃないよ。そう言えば満足するならいくらだって言ってあげる。嘘でもいいのなら何度だって。



「好きじゃない。あんな浮気男。あなたも子供を産むのはいいとしても苦労するだろうから。精々私みたいに他の女との間に子供ができたって言われないよう頑張ってね?」



嫌味でもあり本音。明日は我が身だよ、なんてね。腹が立ったのかキーキーと騒ぎ出す女を無視して横を通り過ぎる。もう一生会うことはない。会いたくもない。永遠にさようなら。

不思議と冷静でいれた。あんな修羅場は何度も体験した。すべて篤絡みで、浮気相手の女が私に宣戦布告をしてきたり「あんたなんて篤の彼女に相応しくない」って余計なお世話。言われ慣れてしまえば嫌でも免疫がついてしまう。

なんで私ばっかり、こんな思いをしなくちゃいけないんだろう。

普通なら浮気をしたらバレないように隠すのが一般的恋愛のルールだと思っていた私の常識を壊す篤は堂々としていて一つも隠そうとしない。だからっていい気分はしない。その清々しさと篤が言う「浮気は浮気だろ?好きなのはお前だけだから」という陳腐な言葉はまるで決め台詞。

好きがこんなにも薄っぺらい。信じられない。どうして私なのか。浮気はするくせに私とは絶対に別れようとしてくれない。

「別れたい」「別れない」この繰り返し、繰り返し。篤はその性格を置いて見た目だけでいうと純粋にかっこいいと思う。だから寄ってくる女だって後を耐えない。そんな人に浮気をするなっていうほうが無理な話なのかもしれない。

たかが"浮気"なんだから仕方ないと言い聞かせ、他の女を何人抱いていようが最後に篤は私の元に帰ってくる。その事実さえあればよかったんだ。


だけど、もう無理だね。



「あーあ、バッカみたい」



別れたい。別れたくない。繋がっていたい。どんな形でもいいから。無理矢理付き合わされていたのにね。私、いつからか篤が好きだったんだよ。不器用に頭を撫でる手が温かいとことか、笑うとできるシワも、怒ると怖いけど大切にされてる気がしちゃって。本当に大切なら浮気なんてしない筈なのに、まるで甘い魔法にでもかけられたみたい。閉じ込めようとすればするほど溢れ出てしまった。魔法はいつかとけてしまう幻像。

とぼとぼと坂をのぼっている途中、ポケットにある携帯が震え出しその存在を主張しはじめた。まるで早く出ろと催促されてるみたいで足が止まる。画面にうつる名前にどっと気持ちも体も重たくなって沈み落ちる。タイミングを見計らったみたいに、そこに出ている名前は今一番会いたくて会えない人。




「――…もしもし」



溢れかえるものを閉じ込め発した声は自分でもわかるくらいに震えていて
"俺だけど"と直に入る声を聞いてしまえば脆く簡単に弱くなってしまう。



「由梨なんかあっただろ?どうした」



気のせいかより低くなる声が響く。こんなのズルイ。気付かないでいて欲しかった。気付いたとしても知らん顔をしてくれればいいのに、いつだってそうだ。私の態度の変化に過敏でこういう時ばっか優しいんだから。



「…っ別れ、よ」

「は?最近言わなくなったと思ったらまたこれかよ。聞き飽きた」

「もう…本当に無理。篤と関わると苦しいことばっかり。彼女なんて飾り…最初からいらなかったよ」



言い切ったのと同時に電話を切ったら一気に力が抜けて立っていることができず、崩れ落ちる。最後に怒鳴る声が聞こえたけど、どうだっていいよ。

好き勝手やってきたんだから最後はこれくらい、いいでしょ?強がりを見抜かないでいてね。

痛いくらい辛くって、いっそのこと壊れてしまえば楽なのに。

全部捨ててやり直したい。

でも今だけは、涙を流す事を許して欲しい。





恋涙

(透明な液体は純粋な心と似ていた。)



長々しくなってしまうので次に続かせます!リクエストから遠のいた感じになってしまいました次で挽回したいです頑張ります(笑)次もお付き合い下さい\(^o^)/








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