僕を殺し、孤独に空回る蔓




私が見下ろす景色は全部デタラメなのだと西君は吼える。学校から帰る時にくぐる門も、バス停に並ぶぐうたらな列も、存在を主張し続ける電飾看板も、全てがデタラメで本当じゃないらしい。それじゃあ私の暮らしてきた、毎日寝起きを共にした家族やベッドや枕は何だったのだろう。

「私が着ているこの服もデタラメ?偽物なの?」

「言ってる意味が分かンね」

得体のしれない血で濡れた重いスカートをつまみ上げながら私は西君が持つ銃を見た。私にはよっぽど、この銃の方が非現実的でデタラメに見える。丘の上にある公園で怪物の死体をそばに私たちは腰を据えて西君がデタラメと言い張る夜景を眺めていた。何をするでもなく、柔らかな時間を費やしては私の質問に西君が答えたり答えなかったり。私たちが普段過ごしている時よりも落ち着いていて、灯りもなく、のん気だ。ここから臨むコンテナ埠頭や橋が青や橙の光に照らされている風景を無感動で見ることは私には難しい。西君はいったい、どういう気持ちで何を見て、何を考えているのか。案外、何も考えていないかもしれない。

「西君って、キスとかしたことある?」

「知らね」

「私はない。どんな感じなんだろう、キスって」

「さァ。自分の口でも舐めてみれば」

ふいと見た自分の指がスカートを触ったせいで赤くなっていた。つい、それを下に上にと自分の唇に滑らせてみる。舌についた少しの赤が鉄臭くて、これは偽物であってほしいと願った。隣にいる西君に振り向いて、ぼうっと近付いていく。私に気付いた西君は訝しんだ目で睨みはしたが、すぐにどうでもいいような顔になり、ゆったりと私に重なった。やんわりと互いのが合わさった時、西君の唇は濡れていた。

離れたり小さく向きを変えたり音が立つほどに吸いついてみたり、キスはややこしいほどに容易くて素直で恍惚だ。舌が入ってきて、私は西君から顔を離す。

「夜が明けるよ」

「…そうだな」

「これも全部全部デタラメだなんて、あまりにも寂しすぎる」

何時の間にかビルや橋を照らしていた光は消え、濃紺を薄くさせていく朝焼けが陽を運び、否応なく街は景色に溶けていく。西君は何も言わずにそれを眺めていた。最初となんら変わらない、ただじっと、ずっと。

「採点、遅い」