僕はロボット5945号
夢にまで出てきたような奇妙な現実を無重力のなか浮遊した気持ちで享受してしまおうというのはずいぶんと危険な作業だと思う。隣の君が急に踊り出して酸素と二酸化炭素を掻き回しても僕の捕らわれた思考は引き戻せない。流れる雲を目で追った側から見失う速度で君が消えてしまうのだ。以下、そのような心構えで手をのばしてみる。
「どうしたの、また私をぶつの?」
「違う」
「力が入りきった指でそんなことを言われても。曽良君は暴力に訴えて人をねじ伏せる悪い奴だ」
「違います」
「この間だってお盆に乗せたお茶を運ぶ私の首を引っ張って転ばせたじゃない。私がバランス感覚からっきしなのを知っているからって」
「それも、違う」
「嘘だ。その眉間に皺が寄って眼がつり上がる時は嘘を吐いてる仕草の証拠。なんて傲慢」
「ちがう」
「否定ばかりする男は駄目な人間の見本だよ。否定のあとには何もない。中身だってない。曽良君は何もない男だ」
「そうですか」
「諦めが早いのも足りない人間のすることだよ。意気地がない。いま下げようとした冷えきった指、どうしたいの?素直な気持ちで答えてごらん」
「分かりません」
以上、煮え切らない湯を溜め続けた経過がこれである。