近頃の女




※おそ松さん夢小説アンソロジー『8時だヨ!同担集合』に寄稿させていただいた本文の抜粋になります。


大きな音、何かが衝突する音がした。一松は家に一人、何をするでもない。のんべんだらり無碍に時間を過ごしていただけだったが、音のした外へ向かって窓から身を乗り出すと自転車と女がバラバラに倒れていた。女の、血が見える傷と無軌道に形を変え、空を向いて回転を繰り返す車輪がカタカタと音を立てている。

女は制服を着ていた。隣駅にある学校の制服だろう。助けに行くでも声をかけるわけでもなく、現場を黙って見つめるだけの一松は、観察をしていた。いま時計が指し示す時刻は昼真っ只中で、近くに喫茶店や飲食店のない家の外は案外静かなものだ。特に学生なんて、いるはずのない時間。

昼中の平日、倒れうずくまったままの女のスカートは大きく捲れ、下着があらわになっていた。存外にも一松は単純に出来ている。女を助けることにした。
様子を見れば女は意識がないというわけではなく、玄関の引戸が開かれる音にもしっかりと反応していた。一松は嫌な予感を携えながらも女に近付いていく。どうしても手で触れるのは躊躇われて、足で突いてみた。丈の高い下駄じゃ、あまり感覚は分からず強く押してみると女が喋った。

「やめてよ」
「喋った……」

むくりと顔を上げた女の顔を見て、やっと生きた人間の存在として感じ取る。それでも一松はすぐに助けるようなことはせず、黙って女を見続けた。いつまでもスカートの裾を直す気配のない女から見て取れる大雑把さが一松は嫌だった。

「怪我、大丈夫?」
「痛い」

女の気安い態度も目についた。ますます気持ちのいい奴とは言い難い、この女、どうしたものか。
車のエンジン音、通りを行き交う誰かの遠い喋り声。喧騒の音が聞こえてくる度に焦燥感が呼び笛を鳴らしてやってくる。そろそろ誰かがやってくるかもしれない、こんな現場を目撃されて何かしらの噂を立てられることが、もう嫌だった。

「来て」

ひとまず女を家に招き入れることにした。腕を掴み上げると女は不満そうな顔を見せながら、ふらつく足元を真っすぐに歩かせて抵抗するようなこともなく付いてきた。自転車は面倒なのでそのままにしておく。誰か変わり者がいれば立てかけておいてくれるだろうし、そうでなければ持ち帰るなり好きにしてくれるだろう。

玄関の上がり口に女が倒れると、またスカートが捲れ上がる。黒のセーラーから見える肉付きの良い四肢にところどころ傷がついていた。肘の辺りは強く擦り付けたのか制服が破けて、斑点のような擦傷が出来ている。血が止めどなく溢れていたのは足の方だった。太腿から脛にかけてぱっくり開いた傷口から冷や汗の出るようなものが見えていて、中には砂やら石が混じっている。すぐに消毒しろよ、そう言っていた兄は誰だったか。玄関からそれ以上自力で動く気の感じられない女を風呂場まで引っ張っていくしか方法は思いつかず、浴槽に背をつかせてシャワーから水を出した時には一松の体は汗で濡れていた。