噛み締める
+吸血鬼パロディ
普通よりも鋭く尖った犬歯を触りながら鏡ごしに自分の姿を眺めた。人差し指で表面をなぞり、なだらかな円弧を確認して指の腹を先端に押し付けた。力はたいしていらない。すぐに皮膚が突き破られ血が唾液と混ざり合い舌を伝って喉に流れ込む。まるで小さい子供が指をしゃぶる姿のようで、今の自分は間抜けそのものだった。寝起きとは違った視界のかすみを感じて、指を咥えたまま洗面台からベッドへ向かおうとすると扉をノックする音がした。
「兵長、お話が」
指を咥えた俺の姿を見て言葉を止めたのだめは些か怒っているようで、許可もなく部屋へ入ってくるとそのままベッドに座った俺の前に立ちふさがった。頭がすっきりしないせいもあってか、ただ俺はのだめの顔を見つめることしかできない。指を咥えたままというのがなんとも情けなくもあった。
「また自分の血を吸ってるんですか」
「悪いか」
「そんなことしたって兵長の腹は満たされないし、何の意味もないって分かってますよね」
「お前が持ってきた動物のが切れちまったんだから仕方ねえだろ」
「切れたなら言ってくださいっていつも言ってます」
ため息を吐いてから呆れた顔で俺を一瞥すると、のだめは俺の視線に合わせてしゃがんだ。口元を指差し不思議そうに言う。
「そんなにおいしいんですか、血って」
「気分のいいもんじゃないが、何でだかな」
そう言うと、のだめの手が俺の指を撫で顔を近づけてきた。咥えられたままの指を間に挟んだまま重なるくちづけに嫌な気はせず、指を舐め取られる舌にも不快感はなかった。ただ、のだめの愛の重さを感じて胃のあたりが痛くなる。
「不味い」
「だろうな」
「でも、兵長には生きる糧」
のだめはおもむろにジャケットを脱ぎ出した。それからシャツのボタンを外して大きく肩をさらけ出すと俺の眼前に広げて、これ見よがしに肌を見せつけてくる。喉が小さく鳴った。
「赤くなるまで洗い倒しました。兵長、いい加減私の血を吸ってください。じゃなきゃ、死にますよ」
「断る」
「私、見てましたよ。壁外での戦闘中、負傷した仲間の血を見て物欲しそうな顔をしていた兵長を」
言い終わらないうちに俺はのだめの首を掴んでいた。それでものだめは怯むことなく俺の目を見据えて言葉を続ける。
「馬鹿な人。私の血さえ飲めば戦の血を求めるなんて情けないことは起きないのに」
徐々に込められる指先の力も意に介することなく、人を小馬鹿にした表情はますます強くなる。さきほどから口の中に唾が余計に溜まっていく気がして仕方ない。汗もかいている。
「そんな姿誰にも見られたくないだろうし、私も見せたくないんです。だから、私の血を吸ってください」
「…お前、少し黙ってろ」
「好きなところに噛みついていいですよ。首でも、お腹でも、足でも、胸でも」
好きにしてというのだめの一言で体が揺れた。これだからのだめの愛は重すぎるのだと、引き寄せた肩口に牙を突き立ててから深く深く身に沁みることとなる。