目線の先に火がついた




「アクタベさんはプールとか行かないですよね?」

「行かない。汚いし、暑い」

角の丸くなった分厚い本から目を離すことなく答えが返ってきた。

「暑くないですよ。暑さから逃げる為に水に浸かるんです。そのための水着なんですから」

「じゃあ、のだめさんは俺がプールに入りたいって言ったら一緒に入るの?」

初めて本からそらされた眼。もしかして、アクタベさんは本気で言ってたりするのだろうか。海パンを履いた、ほぼ全裸のアクタベさんなんて全く想像もつかない。アクティブとは遠い所にいるような人なのだから余計にだ。

「…それは考えちゃいますね。涼みたいのは山々ですけど」

そう答えると、アクタベさんは本を置いた。重く立ち上がり、コップを片手に流しへ向かうと水道水が勢いよく入れられる。何をし始めるのかさっぱり分からずに眺めていると、コップいっぱいの水を持ったままアクタベさんが私へ近づいてきた。自分にくれるのかと思い手を伸ばしたが、それは無駄に終わる。服の上を静かにかけられる水が私の服や肌を濡らしていったのだから。

何が起こったのか分からないでいると、アクタベさんは私を立たせるようにして抱きしめだした。普通とはまた違う、無造作で型のない抱擁。暑さのせいか珍しく背広を着ていなくて、ワイシャツに私の水が滲み渡る。

「涼しい」

「そうですか?」

「のだめさんは涼しくなった?」

「あついですね」


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