釜の中を覗いてみよう
夏でもないのに日差しが白のブラウスに染みて熱を溜め込んでいく。大きく伸びをした視線の向こうには日本には似合うことのないターバンを頭にしっかりと巻きつけた男がいた。
「アキラ君、どこかお出かけでも?」
「のだめちゃんか。君こそどこか行くのかい」
「私は学校の帰り道ですよ、どう見ても」
ひとまわり近くも年が違うのに彼が同じ高校生なんて世も末だと思う。少し色黒のターバンを巻いた同級生は足元にいたアヒルを抱き上げてニコリと笑った。猫目とアヒルの組み合わせがなんともミスマッチで私の顔から出たのはとっさの愛想笑いだけで、せっかくの空気がほつれてしまったかもしれない。目の前のアヒルにこの空気の未来を託すことにしよう。
「あの、えっと、あれ。名前は?」
「アキラだけど」
「は?」
何の話をしようとしていたのか一瞬忘れてしまった。私はアヒルの名前を尋ねたのだが、もしやアヒルの名前もアキラと言うのだろうか。私は阿呆のように口を開けてほうけていただろう。恥ずかしい。
「…ああ、タピオカだよ」
「そ、そっか。タピオカって言うんだ、面白いね」
「ただのアヒルだ」
アキラ君はやや不満気な顔をしている。だって、おかしいじゃない。名前を知ってる人に、また名前を聞くわけがないのだから。そして、そのアヒルがただのアヒルじゃないことぐらい私は知っている。私はアキラ君を駅前のマックに誘ってみた。きっと私たちはクラスメイトとしてコミュニケーションが足りてない、異文化コミュニケーションが。
「アヒルって入店平気かなあ」
日差しは未だ燃えるように白いブラウスとアスファルトを照らしている。