まわれユニコーン




「大丈夫?」

談話室のほんのちょっとした床のへこみに足を引っかけて転んだ私に手を差し伸べて柔らかく笑うリーマスに私は安心した気持ちでその手を取った。差し出された手を握った時に小さな傷が肌に散らばってるのが見えて私は大丈夫かと尋ねたけれども、すぐに手はローブの中に隠されてしまい、いつもの笑みではぐらかされてしまう。

「リーマスってよく授業を休むし、知らない間に怪我もしているし、心配だよ」

「心配?のだめ、僕の心配をしてくれているの?」

「当たり前よ。リーマスはいつも私のこと一番に助けてくれるじゃない。だからこんな私でもリーマスのこと、助けてあげたいわ」

犬がする呆けた顔のあと、笑うというよりもぎこちない口元に血色の良い赤みを頬と耳に携えてリーマスは首を傾げた。

「どうしたの、面白い顔よ」

「ううん、面白くはない。面白くはないけど、僕、しばらくチョコレートは食べなくていいかも」

チョコレートを食べなくていいなんて、よほどリーマスの血の巡りは良くなったらしい。さっそく良い報告を聞いて私はポケットから星のシールを取り出して、リーマスの教科書に貼り付けてあげた。

「これなんだい?」

「おめでたいことがあったら貼るのよ。私はいつもそうしてる」

「スター気分ってわけだ」

「そうかもね」

「ちょっとそのシール貸してもらえない?」

リーマスはシールを受け取ると一枚剥がし私の頬に貼り付けて、馬鹿にしているのと違う、可笑しそうな表情を向けながら戸惑う私の手を引っ張り人気が少ない螺旋階段へと連れ出した。石段には座らず壁に背を預け引きずるようにしゃがむリーマスに私もつられてしまう。私の鼻の頭に指を乗せてリーマス言った。

「僕にとって星は特別なしるしだ。誰も見たことのない幻獣のように不思議で自分をさらけ出すことに何の疑問も抱かない。君は特別だよ」

「あなただって」

「僕は違う。まるでのだめとは違うんだ」

頬のシールをなぞりながら言うリーマスの顔はいつまでも背の届かない自分の母親を思い出させて私を歯痒い気持ちにさせる。

「そんなのだめのことを好きなのは、僕だけでいいのに」

「リーマス…」

「のだめが本当はどんな醜い生き物だったとしても僕は好きでいられるよ。僕はそういう愛し方を知ってる」

シールはもうほとんど剥がれかけていた。私は特別でもなんでもない。底のない寂寞の崖に佇むリーマスの手を引く方法さえ、私は分かっていないのだから。