明朗を味わわず




水炊きをもそもそと腹の中に放り込めば胃も心も満たされるような気がしたけれどそれは間違いで余計に私の中身が空っぽだという事実を浮き彫りにさせた。

「今日も一人飯?」

「悪いですか」

「僕も誘ってって言ったじゃない」

「ゲンガーは誘いましたよ」

「嘘」

知ってるのなら言うなよ。今し方、ジムの挑戦者を相手にバトルをしていたマツバは開けっ放しにしていた家の玄関へずかずかと入りこむ。

「のだめの作った料理が好きなんだ僕は」

「私は嫌い」

「それは何に対して?」

自分の家かのように箸や皿を棚から取り出して私の前に腰かけるとゲンガーを縁側に放した。

「まだ僕に勝つつもりでいるのかい」

「じゃあ何のために私がエンジュに居座ってると思ってるんですか」

「僕のためでしょ?」

まるで悪気なんてありませんと、へらへら笑うその顔に鍋の中身をぶちまけてやりたいと思う。嫌な男がジムリーダーをやってるもんだと最初の頃は落胆しきっていた気持ちは次第に解けていった。だけど食えない男には変わりない、鶏を口に放りながら私はマツバさんを睨み返した。

「その千里眼とやら、是非ともお借りしたいですね」

「そう?じゃあ一緒に修行でもしようか」

庭にいるゲンガーはいつの間にか木に登り、枝の上でぼけっと空を見つめながら座っている。私はマツバさんの目玉を覗いた。何が違う、何が視える。

「気持ち悪い」

「初めて言われたなあ。傷つくよ」

その一見何ら私と変わらない目玉も緩やかに孤を描く口も、ぜんぶぜんぶ妖だ。

「のだめちゃんの未来、特別に見通して上げよう」

突然、目に力が入った気がした。箸を置き、ずいと近寄るマツバさんに驚いてしめじを噛まずに飲みこんでしまう。

「や、やめ、見なくていい。見るな!」

「怖いのかい」

「他人の人生を覗くなんて悪趣味だ!」

目を細め、マツバさんは私から離れると不機嫌な様子で鍋を再びつつく。あからさまにこんな態度を取る人を初めて見た。口はへの字を向いている。

「きっと、他人じゃなくなる」

「はぁ?」

「僕は、のだめちゃんの一番近くの他人になる」

「わけ分かんないですね、千里眼の力って」

「わけ分かるよ」

この白菜おいしいね、と言いながらもマツバさんは不機嫌な表情は崩さない。私は、彼の洋服のどこかにバッジでもしまってあったりしないだろうかと目をゆっくり凝らしていた。