失恋
「よォ、のだめ。やっぱり俺に抱かれに来たか」
毎夜変わらず眩しく照りつける月が一番よく見える橋の中腹。男は笠を被りながら立っていた。
「いつもいつもそのように乱れた格好でこんな寒空の下、何をしてるんですか。それに勿論抱かれに来たわけないでしょう」
「じゃあ何でここにいる」
「お知らせに来たんです」
「何の」
「私には慕っている方がおります故、こんな所で得体の知れぬ好色漢と現を抜かすわけにはいられないんです」
「あァ?誰だ、その慕ってるお方ってのは。言ってみな」
「真撰組副長の土方さん」
「そりゃア、お前、随分とありきたりな相手だなァ。真撰組女中がいかにも惚れそうな男だ」
男はクククと意地汚く笑って片目を細めた。人の恋路がそんなにおかしいか、私は垂れた髪を耳にかけ咳払いをした。今日の夜もいっそう冷える。風をしのぐために羽織りを一度強く引っ張った。男が笑い終えるのを待つ。
「なあ、のだめよォ。お前そいつに抱かれたか」
「いやあ、そのオ、えっと」
私の煮え切らない返事を男は鼻で笑うと、ゆっくりと私に歩み寄り、羽織りに手を差し込みながら言った。
「場所、余ってるか」
「少しだけなら余ってますよ」
「そうか」
男は返事をすると踵を返し去っていく。小さく吐き捨てるような呟きが聞こえた気がした。
「懐の太ェガキだ。待ってろ」