雲の上を散歩したいお年頃




「そうなんだ。ずいぶんとジプシーな考え方をしてるんだね」

「そうなんです。だからキスとか過剰スキンシップやめてください。思い出すから」

「思い出すの?」

イルミさんの動きが止まって私を丸い眼で凝視した。なにか私は余計なことを口走ってしまった気がする。

「どう思い出すの?」

「あの、だから、イルミさんがいないのに触られてる感じがする、とか」

言いながら危機を察知して鏡台から立ち上がろうとしたが遅かった。暗殺者を前にして早いも遅いもないが、気がつくのが遅すぎたと言える。頭と腕を両の手で拘束されびくともしない力がかかっていた。近付く唇に冷や汗をかいても、それさえも遅い。吸いつく唇に決して口を開きたくないと思っていたって、つつかれる舌にいとも容易く譲ってしまうのだ。

「舌出して」

私が嫌がることを分かっているからか、脅しの針が見える。出した舌がイルミさんの唇に触れてそのまま深いキスが落とされた。

ここで私の意識はまたぶっつり途切れ、朝、ベッドの上にて目が覚めることになる。あの針は脅しではなく本当に使うためだったのか。ふと、ベッド脇の鏡台を見た。開けっ放しの宝石箱から消えたアメジストの色。

「やられた!」