「い、た」

すぐに指を引っ込めてしまえば良かったのに、私は呆然と男が目を覚ます動作を阿呆のように見つめてしまっていた。傷のついた指から、つぷりと膨れ上がった血を男の舌が傷ごと包むと早い動作で腕を掴まれた。指が食べられている。舐められているのとは違う、完全に食べ物を口に含むのと一緒だった。

「あの、ちょっと」

目を閉じ私の指を堪能している。これは、さすがにまずい。

「いたい!」

手刀を男の頭に決めた。男は腕を放し指も口から吐き出した。指を見ると、血どころか皮膚がふやけてきている。よだれも張り付いて、気持ちが悪い。

「お前…」

「あ、はい?」

「食事中は動くな!殴るな!黙ってろ!」

「はあぁ?!」

男、もとい変人は私を怒鳴りつけているが、これはおかしい。怒られるべきなのは勿論私じゃないのだから。

「食事って何です。指ですか、私の指が食事だって言ってます?」

「俺は腹減らしてごらんの有様なんだ、とっとと食べさせろ」

「ちょっと、ちょっと待った」

すっかりマイペースを全開に押し出す男はさも当たり前のように私に詰め寄ってきている。みんなの言う通り、もう縁側なんかで寝るのはやめよう。私は男の前に両手を突き出した。

「朝ご飯、作りますから。それ食べてください」

「メニューは」

「お、お茶漬けとか」

「話にならん」

男は牙を剥き出しに飛びかかってきた。首だ、首を狙われている。とっさに突き出していた両手が男の痩せた顔を掴んでいた。そして親指を目に押し込む。

「今度は目潰しかあ!」

「うわあぁ、ごめんなさい」

「放せ!」

「無理無理!」

この格闘を笑うかのようにシャッターの開けられる音が響いた。

「何やってるんですか」

私たちの前で立ち止まり見下ろす影に視線ですがりついた。

「曽良君助けて!」

「そこのお前助けろ!」

「本当に何やってるんですか」