幸運にも遅刻はしなくて済んだ。けれどお昼を迎えて気づいてしまったのは、まんまと財布を忘れてきてしまったこと。実に不運。財力に恵まれてない学生の私たちに金を貸し与えるなんて崇高な行為は、そう簡単に成されないのだ。現にナチュラルを貫き通す友人達は、情けなく腹を空かした私の目の前で惜しげもなく弁当を広げだす。ほどよく焦げ目のついたウィンナーを私に分けてくれるなんていう慈悲もない。

「なんて薄情なんだ!」

「財布を忘れたのだめが阿呆すぎでしょう」

「だって朝からあんな騒ぎがあれば普通忘れるよ」

不審者を絵に描いたあの出で立ちと言動、不気味じゃないと言えば嘘になる。私の指をかじりながら食事中なんて摩訶不思議ことを言うのだ。昼休みの間だけ開放された屋上から遠くにそびえる山々を見て、もしかしたら山から降りてきた変態なのかもしれないと小さく思った。

「もう終わったことだしいいよ。ほら、曽良君パンちょうだい」

ちょうど口に詰めていたパンを噛みちぎると曽良君は魚のように開けた私の口の中に突っこみパンを食べさせてくれた。マーガリンの甘さが舌の上で溶けていく。

「しょくひひゅうっひぇ、ほういうほほはほはは」

「黙って食べろ」


まえ