「帰ってなかったんだね」

「帰っててほしい理由でもあった風じゃん」

気取ったように笑って臨也はソファーに体を伸ばしていた。この間、ソファーのカバー用にとホームセンターで買ったシーツがずり落ちていく。クッションの隙間に入っていくシーツに気付くこともなく、臨也は私に向かって手招きしながら言う。こっちおいでよ。

「早く」

「いや」

私が語尾を荒げると、臨也は起きあがらせていた上半身をソファーに深く沈め、頭は肘掛にだらりと寝かせて私を見つめ始めた。少しでも目を合わせれば、胸のざわつきがひどくなり蛇に睨まれているようだった。私は比較的弱い哺乳類の何かで、餌にしかすぎない。のだめ、と蛇の声がする。返事はしなかった。

どうしたののだめ?下ばかり見つめていても何が言いたいのかなんて俺には分からない。臨也の言葉は、蛇が餌をゆっくりと締め付けるのと同じように私を締め付ける。強く締まっていくほどに私の名前が呼ばれ、耳の奥がぴりぴりしてきた。もう聞きたくない。私は自分の家を後にした。

「ねえ」

臨也が何か私に喋りかけていた。もう何も聞こえない。

「いってらっしゃい」