家に帰るのは少し気が引けたが、このままB作の家にいるわけにもいかなかった。ねえ、のだめさん俺どうすればいい?つけたばかりの煙草を灰皿に落としてB作は聞いた。何もしなくていいよ。え、本当?うん、余計な事はしないでいいから、あと何にも喋らなくてもいいから。

「のだめさんはどうするの?」

「帰る」

「そっか、うん、そうした方がいいと思う。帰りな」

色落ちした手鏡を見ながらあぶら取り紙の代わりにティッシュで鼻を軽く押す。軽くよれたアイラインを直して、さようなら。

「ごめんね。あ、いや、ごめんなさい。送っていけないんですけど」

「大丈夫、平気だから。じゃあね」

アパートの扉は軽いようで重い。気休め程度に道を照らしている安い蛍光灯が虫を引き寄せて私の気分をひどく落としていく。

「面倒臭いな」

私を取り巻く状況において、ただひたすらに変化が欲しいと考えていた。いつも当たり前に起こるそれとは違う劇的な何か。そして縁にこびり付き錆び始めた愛情をフォークでこそげ落とす、単純で困難な作業。

「早い帰宅だね」

許可もなく私の家でくつろいでいる、それをどう剥がしたらいいのか。