「なあんてね。大好きな人間を俺がむやみやたらに殺すわけないじゃん」
「あ、そう…」
「落としたのはのだめだよ」
「…え?」
「君がその我慢することなくしたくしゃみが原因で落ちたんだ。さぞかしびっくりしただろうね。急に大きくて粗末な音が横から聞こえてきたんだから」
「ち、違う」
「違くないよ。俺が証人さ」
「嘘、嘘言わないで」
「俺が殺したって聞いて、ほっとしたでしょ?恐ろしいねえ。あ、轢いた運転手ってどうなるのかな。もう運転出来なくなるのかな。ちなみに死んじゃったあの人、薬指に指輪してたよ」
「やめてよ!」
聞きたくない事実に頭を抱えた。臨也は言葉を止めたかと思うと、私の肩を引き寄せて耳元で囁いた。
「ねえ、宿題ちゃんとやってきた?」
「…何の話」
「やっぱり忘れてる。ひどいねぇこれは。はなから期待はしてなかったけど、ここまで綺麗さっぱり忘れてるなんてね。そんなにシズちゃんとの毎日が楽しいのかい、人殺し」
じわじわと眼が熱くなって、次第に涙がこぼれてきた。頬に流れるよりも早く臨也は言った。
「辛いなら早く帰ってくればいい。本当は罪悪感に苛まれてるんだろ。だからそんなおかしな妄想に取り憑かれるんだ」
「…妄想?」
「君のくしゃみなんかで人が死ぬ訳ないだろ。そんな有りもしない事をマジで考え始めてるなんてさ、君のなけなしの良心がかなりキてる証拠じゃない?」
「臨也何言ってるのか分かんない」
「分かんない?なら、教えてあげようか」
「教えて」
真剣に見つめた瞳の先、笑いながら臨也は私の顔を包んで呟いた。
「のだめになんか教えるわけないじゃん」
噛まれた下唇が凍みた。
まえ