「曲がりますよ」

「あぁ」

俺の家から根岸の家は、案外そう遠くない距離だったらしい。俺が住んでいるアパートとさして変わらない簡素な外観。一応オートロックらしい。

「鍵、出すんで離してください」

「あ、悪い」

「ていうか、まだついてくるんですか」

「危ないだろ」

扉が開き、エレベーターに乗り込む。青白い蛍光灯の中に沢山の小さな虫が死んでいるのが見えた。掃除は、あまりされてないようだ。

一分も経たない内にエレベーターを降り、一番奥の角部屋で彼女は立ち止まった。

「あ」

根岸は物凄い早さで俺のポケットに手を突っ込み、自分の携帯を取り返した。どうやら入れておいた場所はバレていたらしい。

「もう、お帰りください!」

俺を押しのけようと、手を伸ばす。そんなに嫌がらなくても良いじゃねえか。伸ばされた手を奪い根岸の体ごと扉に押し付けた。

見開かれた目から、じわじわと涙が溜まり始めてきた。もうすぐで、こぼれ落ちる。根岸が流す涙は俺の中で特別なものになりつつあった。顔を近づけて、締めのキスをしようとした、その時。

「高杉、おんし何しよる?」

坂本、お前が何してる。