「もう、」

「何だよ」

「本当に返してください…」

根岸は真っ赤な顔で両手を膝の上で強く握り、泣きそうになりながら言った。目は固く閉じられている。

「おい」

返事はない。

「目ぇ開けろよ」

顎を掴んで上に向かせる。意地でも開けたくないらしい。更に根岸の顔は赤くなった。何だろうな、こいつは。親指で頬を強くさする。暖かい。

「…やめてください」

鼻で笑って返事をしてやった。そのまま、また唇にかじりついてキスをする。彼女は無反応を通しているつもりらしいが、両手は膝から離れて俺のシャツを握っていた。

それから何度も同じ事を繰り返して、電車は目的地に到着した。根岸は目こそ開けたが、立ち上がる気配がない。仕方がないので、やんわりと手を引いて改札をくぐり抜けた。

熱は引いた気がしただけで、俺の中でしつこく、くすぶり続けていた。