仕事を終えて待ち合わせの場所であるコンビニに向かう。時計を見れば10分前で手持ち無沙汰になった来島はおにぎりでも買っておこうと店内に入る。何の具が好きだったかな、と思い出してみるけど全然思い出せなくて、というよりは知らなくて、まだ知らないことが沢山あるのだと少し落ち込んだ。結局悩みに悩んで梅のおにぎりを2個手に取りレジに向かう。買い物を済ませて外に出るとちょうど高杉が来たところでさっきの落ち込みようが嘘みたいに顔が自然と綻ぶ。おにぎり買ったんスけど梅食べれますか、と聞くと大丈夫、と短い答えが返ってくる。高杉は来島の手からレジ袋を取り代わりに手を握る。自分より大きく骨ばった手を嬉しそうに握り返す来島の様子を一瞥して高杉は歩き出した。細い路地に入れば誰かの家の桜が満開を迎えている。思わず立ち止まった来島につられ高杉も立ち止まる。桜綺麗っスね、という声とともに心地良い風が吹いて来島の胸元にひとひらの花びらが落ちた。それを見ていた高杉はもう春だな、と呟き少し表情を緩めた。その横顔を見て来島は満面の笑みを浮かべた。こうして2人が春を迎えるのはもう2回目のことだった。

帰路の途中に電車通り沿いの公園がある。そこには2人で作った祭壇がある。土の中には2人がまだ一緒に暮らし始めた時に飼っていたハムスターが眠っている。ハムスターは平均寿命よりかなり早くに死んでしまった。何がいけなかったのか分からない。店で買った時にはもう弱っていたのかもしれない。わたしには命を育てるなんて不可能だったのだ、と落ち込んで毎晩泣いている来島を見て哀れんだのか、励まそうとしたのか、あるいは嘲笑ったのか。高杉は墓でも作るか、と思ってもいないことをさらりと言った。見かけは怖いし冷酷に見えるけど本当は心優しい人なのだ。そう思いながら来島は高杉と小さな祭壇を作った。今日はそのハムスターの命日で待ち合わせしてここに手を合わせに行こうということになっていた。2人揃って腰を下ろし手を合わせる。大事に出来なくてごめんね。長生きさせてあげれなくてごめんね。来島は思いつく限りの懺悔を目一杯した後目を開けた。電車が通り過ぎていく音がする。隣を見れば高杉はまだ手を合わせたままで何を考えているんだろう、と来島はぼんやり思った。高杉の右目は来島を捉え帰るか、と手を差し出される。その手を握って2人は公園を後にした。

家に着いて食事を済ませて、風呂に浸かって、布団に横になる。いつもと変わらない毎日だけれど一つだけ違ったのは高杉の来島に触れる手がいつもよりも慈しみを持っていた。哀しい日を思い出す来島を哀れむように、励ますように、嘲笑うように来島に触れる。スカートをたくしあげて焦れったいような愛を渡し合う。来島の目尻に光るものを見たけれどそれが幸せに起因するものなのか、哀しみに起因するものなのか高杉には分からなかった。生きてることはそれだけで素晴らしいことだとよく言うけれど、本当にそうならば来島の世界も高杉の世界も素晴らしいものなはずなのに高杉には到底そうは思えなかった。来島の晋助様の代わりはいない、という言葉はまた懲りずにハムスターを飼う事と相反していると高杉は思った。ただ相手を想い、幸せを願えば良いのにそう出来ない自分を呪うべきなのか。結局ごっこ遊びの枠を越えないこの関係を高杉は何も言わずに続けるのだ。独りになるのが嫌だからか、来島に情があるのか、気まぐれなのかは分からないけれど。

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