ねぇ、先輩。そう言えば少し口角を上げてこっちを向いてくれた。その柔らかな雰囲気がたまらなく大好きで用が無くても何度も呼んでしまう。んー、と話を促す声に何でも無いです、と返すとまた同じ声が返ってくる。視線はまた飼い猫に向かう。先輩は愛おしそうに猫を優しく撫でていて、猫も猫で気持ちよさそうに目を細めていて羨ましい。わたしも頭撫でて欲しいな、なんて少し距離を詰めれば肩が少し触れ合ってドキリとする。肩からこぼれ落ちた金糸が視界に映り込む。それを掬いとろうとする骨ばった手が伸びるのが見える。思わず声が出そうになり喉がきゅっと締まる。骨ばった手は掬いとった髪の毛を梳いた後頬を撫でた。その手の冷たさは火照った頬の熱を取るのに充分で想像以上の気持ち良さにさっきの猫と同じように目を閉じる。間もなく唇が合わさる感覚がして肩を竦める。恐る恐る目を開ければ先輩はもう猫の方を見ていて肩を落とす。 視線は猫の方を向いたまま先輩は来島、と言う。条件反射ではい、と返事をすれば卒業したらこの街を出ていく、と淡々と言った。それは雪の降り始めた冬のこと。

卒業しても会えなくなることは無いだろうとかたまには遊んでもらえるだろうとかそんな甘いことを考えていたのはわたしだけだったようだ。そもそも付き合ってる訳でも無いし卒業後の話なんてしたことが無かったのだから自分勝手に思ってただけなのだけれど。それでも何処か当たり前に思ってたようであれ以来心にぽっかり穴が開いて隙間風がビュービュー吹いてとても寒い。人に自分のことを話したがらない先輩が卒業後の進路を話してくれただけでもすごいことなのかもしれない。あの日のことを少し前向きにとってマフラーに顔を埋め登校する。3年生はもう自由登校の時期のようで先輩の姿はあれ以来見ていない。無意識にわたしが避けてるのかもしれないけれど。あれから少し自分の将来についても考えてみて、先輩と同じように街を出ようかなんて思ったりして。少し大人になったような気分だった。少しだけ先輩と同じ目線に立てたような気がした。でもそんなのは気のせいで受験に向けて勉強しようと学校に来てる3年生はやけに大人びて見えた。そういえば先輩の見蕩れるほど綺麗な横顔もすごく大人びていたように思う。逢いたいなぁ、なんて白い息を1つ吐く。やっぱり先輩はあくまで憧れで手が届かない存在なのだと改めて思う。初めて話した時から距離は縮まったけれど。キスだってしたけれど。すべては先輩の気まぐれかなんかで子どものわたしはそれを全て間に受けてしまって。そう思うと虚しくなってしまって逢いたいという気持ちは萎んでしまって。勉強の邪魔もしちゃいけないし、と結局あれから1度も逢えぬまま卒業式を迎えた。家に行けば逢えるのだから逢えないことは無かったけれどどうしても行けなかった。足は何度か向いたけれど1歩が鉛のように重くてうまく前に進めずまた明日、と先延ばした結果である。それでも気持ちは嘘を付けずに大勢いる卒業生の中からあっという間に赤茶けた猫っ毛を見つける。在校生は後ろにいるから振り返らない限り見つかることは無いだろう。たとえ泣いてもバレることはないだろう。振り返って欲しい。いや、振り返るな。相反する願いを交互に祈ってる内に先輩の名前が呼ばれる。はい、という低い声は体育館に響いて、伸ばされた背筋に、いつも気だるそうなのにこんなの見たことないなんてくすりと笑えた。でもその後先輩の姿を見られるのはこれで最後なんだって思うと胸が詰まって涙が止まらなかった。どうか気づかないで欲しい、こんな情けない姿を。俯いて隠れていたいけれど最後の姿を目に焼き付けたくて目は離せなかった。力強く握り締められたスカートの裾は先輩が座った後にはぐしゃぐしゃになっていた。

卒業式が終わったあとの玄関は卒業生と在校生でごった返していて上手く進めない。在校生と比べて傷だらけの鞄やよれた制服には想い出が詰まっているんだろうなと目を細める。先輩の解れたボタンにもわたしとの思い出が絡まっていないかななんて少しだけ期待を寄せて玄関を出て帰り道を辿る。少し振り向くけれど思い切って探せない。2度と逢えないのだと思うとまた涙が零れそうになっていつものようにマフラーに顔を埋める。来島、と後ろから掛けられた声に瞳に溜められていた涙は頬を伝った。走って追いかけてきたのか肩を上下させている先輩は少し怒ったように挨拶も無しかよ、と言った。さよならなんて言えるわけ無いじゃない、と心の中で思いながらごめんなさい、と俯くと涙が1つまた1つと止まらない。力無く下ろされた手を握った手は珍しく暖かくて驚いて顔を上げると電話くらいしろよ、といつもの柔らかな笑顔がそこにあった。




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