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「はぁ…なっちゃあん…」
「はぁぁあ…なっちゃん…恋しいよぉ…」
「いつもだったら今頃はぁ…なっちゃんの淹れてくれたお茶とぉ、手作りのお菓子でぇ、ティーブレイクだったのにぃ…」
「なっちゃんとお喋りしてぇ、一日の疲れをゆっくり癒してもらうはずだったのにぃ…」
「なっちゃああああんん…」
「会いたいよぉ…」

 倉橋と調理クラブのイザコザも無事収拾し、晴れて生徒会業務に取り掛かれるはず…だったのだが、次に俺を悩ませたものは、延々と続く降矢兄弟の溜息と愚痴の嵐であった。

「うるせーぞ、お前等! 昨日、倉橋の思いを優先するって言ったばっかだろうが!」

 たまりかねてそう怒鳴れば、降矢達はツンと唇を尖らせる。

「なっちゃんの気持ちは大事にしたいしぃ、それを覆すつもりもありませぇん! けどねぇ、寂しく思っちゃうものは思っちゃうんだからぁ、仕方がないじゃなぁい!」
「そぉだよお! そんなに寂しいのを我慢して頑張ってるんだな、すごいじゃないか、偉いぞ…って慰めて褒めてくれてもいいのにぃ、それどころか怒るなんて酷いよぉ!」
「おめーらがそうやってぐちぐちブチブチ言ってるうちは、褒めてやる気も慰めてやろうって気も起らねえよ。ちったぁ黙って仕事出来ねーのか!」
「出来てますぅ! 体育祭実行会議開催の段取りも、会議資料の作成も完璧ですぅ!!」
「こぉんな端仕事なんてぇ、僕等に取っちゃあ仕事の内にも入らないんだからぁ!」
「お、おお…やればできるじゃねーか…見直したぜ」

 むくれる双子が投げてよこした資料をぱらぱらとめくり、俺は呆気にとられたまま、おざなりに双子を褒める。過去の事例を参考に、会議の進行予定や体育祭の懸案事項などが書き連ねられたそれは、体裁も中身も申し分ないと言っていい。さして難しい任務ではないとはいえ、片手間にできることでもない。口も態度も悪い奴等ではあるが、やるべきことはきちんとやているのだ、こいつらは。

「気持ち悪ぅい…何か褒められてる気がしなぁい」
「やっぱりなっちゃんがいいよぉ! なっちゃんじゃなきゃやだぁあ! 癒されないよぉ!!」
「なっちゃああああん!!」
「あのなぁ…」

 性懲りもなく駄々をこね出した双子に、ゲンナリと肩を落としたその時。


「呼んだ?」

 まるでタイミングを計ったかのように、ひょっこりと倉橋が扉を開けて顔を出したのだ。

「お疲れ様、差し入れだよ!」
「「「なっちゃん?!」」」

 向日葵のような笑みを浮かべてバスケットを掲げる姿に、生徒会の面々が顔を丸くする。
 倉橋は料理部に戻ったはずなのに、一体どうして…


「ちょっと、倉橋! ノックもせずに失礼だろう! 皆様方が驚いていらっしゃるじゃないか!」

 倉橋の後ろから小言を言いながら共に姿を見せたのは、昨日料理部でやりあったばかりの顔、三木本の親衛隊員にして料理部長の青年だ。

「名前呼ばれたからさ、ドアの外に立ってるのに気付いてたかと思ったよ。これ、おなか減ってるだろうと思って、差し入れのマドレーヌ! 料理部の皆で作ったんだ」

 ぱかりと開かれたバスケットの中には、焼き立てと思わしきマドレーヌが一杯に詰まっている。
 貝殻の形をした狐色の焼き菓子から、えも言われぬ香ばしい香りが漂ってきて、俺はたまらず喉を鳴らした。

「昨日の一件の、その後の経緯をお話ししておりませんでしたから…ご報告のついでに、差し入れをと思いまして…」
「ありがと。ちょうどおなか減ってたとこだったんだー」

 おずおずと口を開く料理部長に、三木本が甘ったるい笑みを浮かべて見せる。

「秋成様…!」

「それで? わざわざ報告に来るほどのその話の内容は何なんですか?」

 佐原がやや冷淡な口調で尋ねると、頬を染めて三木本に見入っていた料理部長は慌てたように咳払いをし、背筋を伸ばした。

「は、はい! あの後、部員総員でミーティングを開き、料理部の現状に関しての議論を行いました。伝統と称して今までのあり方を容認してきましたが、確かに倉橋に指摘されたように、頑なで排他的な一面があったことも否めないという声も聞かれ…体制を一部、見直すべき時にあるのかもしれないという結論に至りました。守るべきところは守るにせよ、幾分か考え方を柔軟にしてゆく必要はあるかと。今後、部員全員の意見を広く募りながら、道を探っていきたいと思っております」
「そうか…」

 生真面目な口調で述べ立てる料理部長に、俺はほうと息を吐いて目を細めた。
 自分達がどうありたいか、それを決めるのはあくまで自分達自身だ。一つの形にとらわれ過ぎることなく、良いと思う方へと変わって行きたいと思えるようになったのであれば、それは彼等にとって悪い変化ではないだろう。

「はい。そういう意味では、倉橋には感謝しております。思考停止していた自分達に、新たに自分を見つめ直すきっかけを貰ったこと…外部生である彼だからこそ、出来たことですから」
「進藤先輩、俺の方こそお礼を言わなきゃ。色んなことが見えなくて拗ねてた俺を、料理部の皆は見捨てないでいてくれた。すごく、嬉しかったです」
「お前ほどの腕前の主をむざむざ退部させるのは、料理部にとって大きな損失になるからな。別にお前のためってわけじゃないぞ!」
「へへへ、先輩照れてます? 顔赤いよ」
「う、煩いよ! 年上をからかうんじゃない!!」

 すっかり打ち解けあった様子できゃいきゃいと戯れ合う微笑ましい二人の姿に、降矢兄弟が面白くなさそうに声をかける。

「へぇぇー、よかったねぇなっちゃん! 部長さんとも皆とも仲良くなれたんだねぇ!」
「それでぇ、新藤君はぁ…僕等に見せつけに来てくれたのかなぁ…?」
「いっ、いえ! ほほほ本題は他にありましてっ! 先程申し上げましたように、我々はもう少し臨機応変に部を運営していく必要があるという結論に落ち着きましたので…倉橋の生徒会補佐の件に関しましても、一様に否定するのではなく、可能な限り受け入れていくべきだという話になったということを! まさにこれを、報告しに参りましたっ!!」
「え…」
「ってことはぁ…」

 役員達が目を丸くする前で、倉橋がにっこりと微笑んだ。

「うん! そーゆーわけだからさ、また生徒会の手伝いに来るよ!」
「なつ…じゃあ…補佐のお仕事、辞めないでいてくれるの…?」
「辞めないよ。一回引き受けたんだし、最後まで責任もって引き受けるのが道理だろ?」
「や…やったぁー!!」
「ありがとうなっちゃあん、嬉しいよお!!」
「僕達にとっては結構な結論ですが、本当に構わないんですか? またなつきに不利になるようなら、無理に融通してもらう必要は…」

 無邪気に喜ぶ双子達の横で、佐原は眉を潜めて料理部長に問いかける。

「大丈夫です。クラブ活動に支障のない範囲であれば、どうぞご随意に。僕達の方でも倉橋のサポートは可能な限り行うつもりですし。ただ、倉橋の体調等に無理が出ない程度に、とはお願いしたいところではあるのですが…」
「もちろんです。なつきに頼みたいのはあくまで僕達のサポートなんですからね。なつきにはあくまでも学園生活を優先してもらいたい。これは僕達役員の共通の思いです」
「それを聞いて安心しました。役員の皆様が日々、僕達の学園生活を豊かにするべく頑張ってくださっていること、本当に感謝しております。皆様方のお力になれるのであれば、僕達生徒一同、どんな努力も惜しむつもりはありません。今回の一件では皆様にご迷惑をおかけいたしましたこと、大変申し訳なく思っております。こんなことでお詫びになるか分かりませんが、少しでも皆様のお力になれれば、と思います。今後とも、誠心誠意皆様をお支えしてゆきたいです」
「…ありがとう、嬉しいよ。これからも差し入れ、楽しみにしてるね」

 きりりと目を輝かせて宣言する料理部長の肩に、三木本がそっと手を置き微笑んだ。

「はい!! 部員一同、腕を振るいますので、どうぞ期待して下さいね! それでは報告もすみましたし、僕はこれで失礼させていただきます。皆様方も、お疲れの出ませんように」

 そうしてぺこりと一礼し、料理部長は生徒会室を後にした。


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