6-5
『あれ?もしかして妃子ちゃん?』
「!」
「天華さん…」
天火の様子を見に来た天華は妃子の姿に気付くと嬉しそうに近づいた
『妃子ちゃんはやっぱり美人さんだね、そのドレスとっても良く似合ってる』
「そんな!それを云うなら天華さんだってすごく…お綺麗で…」
久々の憧れの人との再会に、思わず照れてしまう妃子は可愛らしい
前回会ったときはろくに話も出来なかったせいか緊張しているようだ
『本当は、裏切り者であるわたしが云えることじゃないかもしれないけど、会えて嬉しいわ。ごめんね、妃子ちゃん』
「いいえ、それに私は裏切り者だなんて思った事ないです。蒼世もわかってはいると思うんです、ただ…まだ心の整理が出来てないだけで、本当は天華さんのこと一一」
唇に天華の人差し指が触れる
それはまるで、何も云わなくて大丈夫だよと云われているように
『蒼世君は間違ってない。どんな理由があろうとわたしが犲を抜けたのは事実だから』
ありがとう一一
そう云って笑う天華は犲にいた頃と変わらずに輝いていた
「やはり君たちも来ていたのか…曇天華君、曇天火君」
『岩倉さん!』
「岩倉のおっさん!」
久しぶりだねと云う愛想の良いこの男性の名は
右大臣 岩倉具視である
「君たちが私の隊を抜けて以来か?」
『わざわざ東京からいらっしゃったのですか?』
「明日には戻らないとならないがね。今回の夜会主催者の京都知事とは縁があってね、水路計画立案にも乗っているのだよ」
琵琶湖水路計画一一
一四年前の禁門の変で京都の大半が焼け、首都も東京になり、京の人口が減って産業も衰退してしまっている
そこで滋賀から水路を繋げ京復興に力を入れようとしているらしい
「今回の夜会はその慈善会のようなものなんだよ。しかし惜しいな一一天華君と天火君の活躍は聞いているよ、どうかな…君たちさえ良ければまた犲に一一一…」
「失礼します岩倉様、先程から知事が探しておられます」
犬飼の登場によって話が中断され、岩倉は犬飼と来た道を戻って行く
その背に向けて天火は岩倉に声をかける
「岩倉さん、俺は曇家の当主でしてね、もう犬じゃない」
それは先程の返事に対して犲には戻らないという意味が込められており、意味深な笑みを残して岩倉は夜会に戻って行った
『天火、もう帰ろう。さっきよりも顔色が悪くなってるし、汗だってこんなに』
「ああ、先に外で待っててくれないか?ちょっと妃子に云う事があるんだ、すぐに行く」
その時の天華の表情を妃子は見逃さなかった
天華さん、貴方も天火のことを……
『わかった、妃子ちゃんごめんね。また機会があればお茶でもしましょう?』
「はい、楽しみにしてます」
そうして天華は一足先にその場を立ち去った
「妃子…、さっきの俺との会話内緒にしてくれよ?特に天華にはな」
「当たり前でしょ。人の恋路に首を突っ込むなんてことしないわよ…でも、諦めるのはまだ早いんじゃない?」
「は?どういう意味だよ」
あの時の天華さんの顔、あれは恋する女性そのものだった
「あんな顔させるくらいならその想い、伝えた方ががいいんじゃないかって思っただけよ」
「なんだよ、それ」
ふーっとため息をつきながらその場に座り込む天火は、必死に何かを我慢し抑えているように見える
「あと、弟達は何も知らないのね。背負わせたくないとでも思ってるのかもしれないけど、いつか背負うわ。貴方の弟だもの」
そう云って妃子も護衛の仕事に戻っていった
← →
一覧へ