2日目

あーあー夢じゃなかった。寝惚けも総てぶっ飛んだ。居間に入ったら寝てるんだもんなぁ。困り顔でうなじを掻いてたらのっそりと起きた。

「んーっおはよう!」

はいオハヨウゴザイマス。朝からうざいぐらい爽やかな挨拶をありがとう。ひねくれた俺なんかより愛想のいい他の奴にやれよ。とは言ったものも今は二人きりだから俺以外に挨拶出来る人なんていないのだ。苦笑いで朝食の準備に取り掛かる。学校もあるし卵かけご飯で素早く済まそう。布団を畳んでる奴にケチつけられてもそんなの知るかだし。昨日の朝に炊いたあまりものの白米を電子レンジで温めて卵と醤油を冷蔵庫から探し取った。テーブルの上に並べるとホクホクした湯気が舞う。寝起きであまり食欲の無かった胃でもすぐに食物を求め始めた。

「もしかして卵かけご飯?私これ好きなんだよねー」

布団を畳み終った葵ちゃんが手を腰に回しながらひょっこり覗いてきた。なんだ、文句つけられなかったじゃん。それはそれでなんか拍子抜け。自分が思ってたより意気込んでたみたいでつまらなさに口を尖らせる。肩の力を抜いて箸でぐるぐるかけた時に卵が落ちないよう中心に穴を作った。テーブルに卵を当てるといい音がする。ぱかっと開いた殻から中身が気持ちいいぐらいスッと出てきて醤油をかけ、混ぜるととても美味しそうだ。ぐーっとお腹の音が向かい側から聞こえた。顔を上げたら葵ちゃんが頬を染めて苦笑している。たった一分の作業でも我慢出来なかったのか。面白くてちょっと笑った。そんな俺に笑わないでよ!と言うものの最後には葵ちゃん自身も笑っていた。もそもそ頬張り食べ終えるとそれぞれ着替えを始める。女の子にリビングで着替えさせるのはどうかと思うので部屋を貸してやった。汚いのには目をつぶって欲しい。俺は学ランを身に纏い歯ブラシをくわえながら鞄の中の教科書を取っ替えた。口から鼻までスースーする。葵ちゃんも部屋から出てきて歯磨きをしてから洗顔していた。

「まらー?」
「ああ待って待って!女子は時間が掛かっちゃうの!」

早くうがいしたいのにもう五分も経ってるし。昨日お風呂にちゃんと入ってたからそんなわざわざ洗顔クリームまでつけなくてもいいんじゃねえの…とは思ったものの、お日さま園にもそんな女子が沢山いたなと仕方なく待つことにした。

「…ふぅ、終わったよ」
「おそふぎ」
「たはは…ごめんなさーい」

タオルで拭きながら謝る葵ちゃんを片手にさっさとうがいを始める。子供っぽいと思われるかもしれないけど口の中でぐちゅぐちゅとやるのが好きだ。あれ、これ子供でも好きじゃないか。変人って事?…気にしない方向で行こう。今日はもう時間がないから早く終わらせなければいけない。適当に済ませて顔を洗う。

「狩屋ー!朝練遅刻しちゃうから早く早く!」
「葵ちゃん先行ってていいよ。マネージャーだし早く行かないとだろ?」

きょとんとして「あっそうだよね」と納得した彼女は玄関で靴を履き鞄を持って外に出た。昨日からずっと煩わしかった家が久しぶりに静かになった気がして寂しい、なんてことはない。俺も行かなきゃ先輩に渇を入れられて一段と厳しい目を向けられてしまう。女顔のくせに迫力があるんだよなぁ。ハンガーに掛けておいたユニフォームを手に取り鞄の中に詰め込んで外に行く。アパートの階段を降りると短い青髪がすぐそこの曲がり角に見えて何で、と口を開けた。小走りに傍に寄ると横髪を耳にかけながら「遅いよ」と葵ちゃんは楽しげに話した。

「やっぱり狩屋と一緒に行きたいって思ってさ」

ほら行くよ。ぐいっと手を引かれ学校までの道のりをずっと走るはめになるけれどたまに鼻に掠れる良い匂いのせいで気が気ではなく別の意味で汗をかいた。手汗もきっと凄いだろうに離して貰えなく思春期真っ盛りの自分を殴りたい。けど流石に学校の敷地内では変に噂が立ってしまうだろうから離されたけど全身が熱い。昨日無防備に寝ている時は平気だったのに匂いが鼻についただけでこんなにも違うなんて意味が解らなかった。匂いフェチってわけではない。失礼な話、女の子らしい処もあるんだなって考えたらね。サッカーで頭を冷やさないと。着替える間はマネージャーの立ち入りは性別の問題として暗黙のルールで禁止だ。葵ちゃんは準備物もあるしと先生の所へ行った。部室に入るとみんな既に来ていて各々挨拶してくる。俺も適当に挨拶しロッカーを開けた。

「朝練の前から疲れすぎだろ…」
「何で?」
「葵ちゃんがさぁ…って!天馬くん!?」
「うん。葵がどうしたの?」

いつの間にやら背後にいた天馬くんがぽけえっと尋ねてきたのだが、どう説明すりゃいいんだこれ。いくら天馬くんが葵ちゃんの家庭の事情を知ってるからって年頃の男女が二人きりで一週間朝から晩まで共に過ごしてます、なんて知られたら大問題だ。

「なっなんでもねーよ」

投げやりに答えてはみたけど失礼とも思わなかったらしく「そう?」とだけ言って剣城くんや輝くんの所へ行ってしまった。ひと安心したはいいけどバレるのも時間の問題。気を引き締めなくては。てきぱきユニフォームに着替えて二回両頬を叩いた。それを見てた信助くんが首を捻ってたいたのを横目にしてさっさと部室から外へ出た。

「ねぇ。ちょっと」
「げぇっ葵ちゃん…!」

げぇって何よー。俺のリアクションに怒り気味になりながら腰に手を当てる葵ちゃんが立ち塞がって仁王立ちをする。悪かったって、と額に汗を滲ませながら謝罪すると潔くしかたないなぁって溜め息をついて終わった。こっちは頑張って隠そうと学校ではあまり近付かないようにって計画を立てていたのに空気を読めないのか。嫌そうな雰囲気がそのまま表れていたのかは判らないけど葵ちゃんの目付きがキツくなったので笑い誤魔化す。怒らせたらいけないタイプだ、絶対。

「あのそれで、何か用」
「ああうん。そうだった。今日の夕飯は何がいい?」

俺はすぐにこの場を見渡した。な、に、聞いてんだこいつ…!人がいないようだからセーフだったけどどうしてそう軽いんだか。先生に見つかったら一番厄介なのに普通に人が通る所で。

「…親子丼」

早くその場をやり過ごしたくて思い付きで名前を出す。ボールを蹴って一秒だけでも忘れてえ…と思いながらグラウンドへ走った。

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