1日目

は、と汗が額から頬に垂れた。

「それはまずいって、まじで」
「天馬の所はいつもお世話になってばかりだし、信助は意外に硬派でダメだからお願い狩屋!」

口の右端だけがつり上がってて眉が逆八の字で怖い顔になっていようがお構い無しだ。手を合わせて頭を下げてるネジが何本と外れてそうなこの女に頭を抱える。

「お母さん達が旅行で一週間いないから泊めて!」

なんでも鍵を家に忘れてきてしまい帰れないそうだ。理由が有るからと言って男の家に易々泊めてなんて馬鹿げてるだろ。まず頼んでる奴が男しかいないところでダメだな。山菜先輩とか瀬戸先輩に泊めて貰えばとは言ってみたけど迷惑かけるのが嫌だって断られた。なら俺に対するそれも考えろって話。

「葵ちゃん」
「いいの!?」
「まだ言ってないだろ…。あの俺、独り暮らしだから」

独り暮らし、という言葉に動揺したらしく瞳が一瞬揺れ動いたのを見逃さなかった。これで気付いたし大丈夫だろうと思ったがそれも束の間に崩れ落ちる。

「それって大変じゃん!私料理出来るし決めた、狩屋んちに泊まる!」
「はああああ!??」

ありえねえ、勝手に決められた。止めようとしたら絶対に他の意見には譲りませんっていうオーラが出てて、もうなるようになっちまえ。途方にくれながら家の方向に歩くとご機嫌に隣を着いてこられる。長いお泊まり会だね、とお気楽に言ってられるのは今のうちだと心で釘刺しといた。面倒なのは嫌いなのにどうして鍵忘れてくるんだよ、家出る前に確認しとけっつーの。天馬くんだったら快く引き受けてくれるはずなのに変なとこで気を使ってさ。俺に子守りと大して変わらないことをしろっていうんだろ?無理、メンドイ。考えてたら胃が痛くなってきたから道端に転がってた邪魔な小石を蹴って忘れてしまう事にした。いっそ全部冗談でしたとなってしまえばいいさ。無理だって解ってますけど。蹴り続ける事二分。よく飽きなかったなと思いつつ草臥れたアパートの前に着いた。

「俺の家」

二階の一番階段に近いドアに指を立てながら携帯を弄ってた葵ちゃんに言う。パチンと音が鳴りながら閉じた携帯を鞄にしまって、此処が狩屋んちかー!と何故か若干興奮気味なのを放っといて階段を登り進んだ。後ろから適当すぎるリズムを刻んだ足音が聴こえ本当に来るんだなと肩が重くなった。ポケットから取り出した鍵でドアを開ける。お日さま園には我が儘な女がいたせいで自然と身に付いたレディースファーストで葵ちゃんを先に入れた。

「おじゃましまーす」
「どうぞ」

入っていくなり家中をまるで水族館に来た時のように見渡されると少々照れ臭くなる。そこが風呂であそこがトイレと説明しながら歩くと声を張り上げて「あっ!」と言うから耳に響いた。どうしたんだよ。着替えがない。馬鹿だろ。本当馬鹿だろ!なんで最初の時点で気付かなかったんだ。

「後で買いに行ってきなよ。返して貰えるならお金ちょっと貸すし」
「ごめん…」

謝るなら泊まる事に対しての方にして欲しかったなとは今更で、引き出しにしまっておいた財布から五千円を掴んだ。中学生にとってはあまりにも大金で首と腕をちょんぎれるんじゃないかって思うぐらい横に降る葵ちゃんに押し付けた。ずっと同じ服で不潔でいられるよりこれぐらいの出費どうってことない。それに一週間後には返ってくるんだったらそこまで気にする事ではないし。瞳子さんには詳細を隠しつつ大まかな事情を話してどうにか仕送りして貰うとするか。物耽っていたらまた謝られて何だかうざかった。から、話題を変えた。

「なんか腹減らない?部活で疲れたせいでさっきから鳴りそうでさ」
「じゃ…じゃあ!狩屋の好きなもの作るよ!何好き?」
「…うどん」
「…意外だね」
「わっ解ってるよ!そっちから聞いたくせにいっつもそう言われるから飽きた」
「あはは。狩屋が拗ねてるーっ可愛い!」

ピタっと動きを止めた。男に可愛い?それなんの褒め言葉でもねえよ。上手い感じに話を持ってきたのに失敗した。これで料理が美味くなかったら一つ二つの文句でもつけてやろう。葵ちゃんを一目見て足を動かし台所まで招く。うどんの材料ならよく食べるしストックは沢山有るんだ。冷蔵庫から野菜や醤油に味醂、冷凍庫からは冷凍麺を取ってまな板に乗せていった。あとは鍋と菜箸というように他の必要最低限の物は出しておく。手を洗って人参の皮を剥こうとしたら持ってる手に包丁を向けられて固まってしまった。え、こわ。

「料理は私が全部やるから狩屋はテレビでも見て待っててよ」
「そう言うならお言葉に甘えさせて貰うけど。待て危ない」

事態に気付いた葵ちゃんがごめんごめんと包丁を引っ込めた。犯罪すれすれっつーか手で止めればよかったのに刃物でわざわざやった意味が掴みきれない。多分無意識でやったんじゃって、それはないない。意図的だと信じよう。それもそれで問題は有るけどな。部屋に行って私服に着替えてから居間でテレビをつけた。後ろからはトントンと心地が良くなる音がしてぼんやり眠くなってくる。チャンネルを回すとサッカーについての番組がやっててそこで留めた。評論家か何かがベラベラベラベラ偉そうに喋りやがって。どうせ見る専門で選手の苦労や努力も知らずにたった一言の何気無い残念ですね。あーあ、言われた奴は可哀想に。これであんたに対する世間の株は大幅ダウンだ。プレイに支障が出なければいいねと画面の向こうのそのまた向こうの人に呟いた。

「ねー!どんぶりってどこにあるのー?」

テレビを見てるうちに出来上がったみたいだ。いつのまにやら美味しそうな匂いが家中に充満していた。

「後ろの棚の二番目にあるだろー?」
「えー……あ!あった!あったよ狩屋!」
「俺のと客用のと有るからそれ使って」
「オッケー」

うどんを分けてる間にテレビを消してテーブルを綺麗にした。布巾で拭くと学校に行ってる間溜まってた埃がみるみるうちに消えていく。ちょっとすっきりしたような気がする。片付けてからどんぶりが大きいから一つずつしか持って来れず溢さないよう真剣に歩く葵ちゃんを手助けした。テーブルに置いてから箸も持ってきて座ると向かえ側に足を崩して先に座っていて俺を待っているようで箸を渡した。いただきます。声を合わせて言うとうどんを啜る。たまにこっちをぎこちない笑顔で見てくるけどなんなのだろうか。会話が無いまま気まずい食事は終わり今日は服を貸すからと風呂に行かせた。その間に布団の準備だよな。よく来客して泊まってく人がいるから二つあるしよかったよ。重たい布団を引きずってるとまだ十分ぐらいしか経ってないのに上がってきた葵ちゃんがいた。

「あれ?お風呂熱かった?」

敷きながら訪ねるともじもじしながら違う、と俯かれる。じゃあなんだよと口を開こうとしたしたけど相手が言うまで待つことにしてみた。数分もするととっくに布団は敷き終わっていて俺も風呂に入りたくなってきている。欠伸も出てきたしそろそろ寝たいのもあるから早くしてくれよ。

「あの、あの…さ。うどん、あ、やっぱなんでもない。そうだよなんでも。別に気になったわけじゃね、ないよ」

まるで自分に言い聞かせてるみたいな言い方。訳の解らない繋ぎ繋ぎの言葉を理解しろってのが難しいわけで説く事すらする気になれず着替えを取りに立った。布団がもぞもぞ奇妙に動いてるから多分寝に入ったんだろう。扉を開けようと手を掛けた。

「うどん!」

くそう、なんでもないんじゃなかったのか。くどいだろいい加減。疲れきった顔で反応する。

「うどんが?」
「美味しかったかなってー…」
「は?そんな事?」
「私にとってはかなり重要な質問なのっ!」
「…そうかよ。美味いか不味いかで聞かれたら普通に美味かったけど」
「美味かった、そっか…そっかぁ…」

重要って言ったわりには反応薄いよな。軽く頷いてから毛布に身を包んでおやすみ!とそのまま早々と寝てしまった。あいつ不思議ちゃんとかそんな要素あったっけ。いや、でも、まあ、よく男の前でそう無防備に寝られる。気持ち良さそうに寝息をたててる葵ちゃんの傍にしゃがんで起こさない程度に髪に触れた。同じシャンプーを使ったはずなのに僅かだけ違う良い匂いはするし、おまけに髪が細くてさらさらしてるし。女ってやっぱ俺達とは違うなぁ。思春期ならこんな時どきどき胸が鳴る展開だが俺はしなかった。なぜって、興味ないから。あれだけ男女について言ってたのにちょっとした矛盾だよ。

「さてと」

お風呂にでも入ってきますか。のっそりと足を上に伸ばしついでに腕も上に伸ばしてストレッチ。おやすみと熟睡のあの子に告げて居間の電気を消した。
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