( 06 )


おかえり


あれから十年の時を経た私は、雷門中の教師となっています。

「コンビニ食だけじゃなくてちゃんと栄養のあるものを食べてくださいね…っと」

携帯の送信ボタンを押してメールを送った。宛先は吹雪さん。私達はFFIから二年後に付き合うようになった。今はいないあの人に傍にいてと言われたからじゃなくて私が心から傍にいたいと思ったから、だから付き合ったの。吹雪さんってば告白する時に噛みまくりで「とぅき…っ!つきあってぇ…!いたた…くら、ひゃいっ」って凄いくらい真っ赤っかで言ったのよね。本人にしてみれば懸命だったんだろうけど、面白くて笑っちゃった。今思い出しても笑ってしまうからこの話を吹雪さんの前で話すと慌てて「忘れてよー!」って言いながら抱きしめられるの。嬉しくてわざと何回も言って困らせたくなる。吹雪さんとは北海道と東京の遠距離恋愛だけど少し寂しいぐらいで苦にはなってない。一ヶ月に一度はどちらかが会いに行くし今みたいにメールしたり電話したり、とにかく世間的に言うラブラブのバカップルです。

「せんせー!」

携帯を閉じるとバタバタ廊下を駆けて近づいてくる音が聞こえた。来たのは私がまだ中学生だった時とは違う新しいサッカー部のユニフォームを着た現在の教え子だ。

「こーら松風くん!廊下を走っちゃダメじゃない」
「あっすいません…。実は雷門中の生徒じゃない子が突然サッカーグラウンドに入ってきちゃって。あれ…中学生というより小学生かな」
「小学生が?解ったわ。すぐに向かうから貴方は先に行ってて」
「はい!」

一体どうして小学生が。たまにサッカーで有名なこの学校に潜入してくる事があってもそれは瞳を輝かせながら見守るという感じで、乱入なんていうのは例外だった。背丈もレベルも違う中学生のボールなんて当たったら大変なのは少し見ただけでもよく判るのに。急いでグラウンドへ足を運ばせた。廊下はちゃんと走らないように速足にしているわ。生徒を叱ったばかりなのに走るなんて出来ません。

「先生早く早く!大変なんです!」
「もしかして蹴ったボールが当たったの!?」
「そうじゃなくて」
「エターナル…ブリザードッ!!」

声変わりのしていない少年の声が響いた一瞬だけゴウッと風が荒れた。吹き抜けるそれが冷たく頬を撫でた。嘘、だって、そんな。見慣れていた技、忘れるはずもない声。

「俺の名前はアツヤ!四年生だから中学になるまで後2年あるけど雷門中に入学予定!」

両手でピースしながらの笑顔はあの時みたいに自慢気なもので、なんら変わりもなかった。彼はやはり彼で私は何も喋れずに事の進み具合を唖然と見ていた。

「いきなりだったとしても三国先輩が反応できなかったなんて凄いよ、あの小学生!二年後って事は俺達が三年生になったら入ってくるって事ですよね!?…先生?」

楽しみだなー、とうずうずしていた松風くんに呼ばれてハッとする。何でもないわ、そうね先生も楽しみ。在り来たりな言葉で返しながらも意識は全て彼の元に。声が震えていないだけまだ上出来な答えだった。いつもしていたあのマフラーはしていなかったけれどそれ以外は全てそのまんま。あまりの懐かしさに胸焼けしそうだわ。先生と呼ばれた私を見つけた彼は顔を明るめこちらへ寄ってきた。小さく胸が鳴った事に気付きたくない一心で首を二、三回横に降った。

「なあアンタ、顧問の先生か?」
「ええ。貴方はアツヤくんね」

久方ぶりに口にした名前。アツヤくん私だよ、音無春奈だよ。約束通り会いに来てくれたんだね。吹雪さんの傍にちゃんといるよ。ねえ、次に会えた時は沢山文句を言ってやろうとしたのに何も思い付かないよ。アツヤくん。

「あーっ!小学生が先生泣かせたー!」
「ちげぇよコロネ!!てかアンタも何で泣いてんだよ!」
「え…」

やだ私ったら。きっと目に砂が入っちゃったのよね、アツヤくんのせいじゃないわ。大丈夫よ。どうしよう吹雪さん、言葉が出ないんです。代わりに嗚咽が出そうになるから口を閉ざすしかなくてアツヤくんを不安がらせてしまった。いい大人が何をしているのやら。

「ありがとう」

咄嗟に出たのがこの一言。松風くんとアツヤくんは不思議そうに顔を合わせながら小首を傾げていた。



幽霊でも貴方に出会えてよかった、ありがとう
私を好きになってくれて、ありがとう
生まれ変わってきてくれて、ありがとう

私が初めて恋したのは幽霊でした。




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